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メタっ娘

chapter of final 決戦!

 ウルパック城から芽以子が消え去ったあとのことをティアラから聞いた。

 あのあと、ウルパック王立港に突如、魔王本体が転移してきたという。

 取り乱す軍隊を、アガレットはぼろぼろの体でなんとか立て直し、ティアラとともに魔王の元に向かう。ティアラは船上で、ずっと芽以子探索の術式を展開していた。

 だが芽以子は見つからないまま、いよいよ魔王本体と対決しようとしたその瞬間、魔王も、ティアラたちも、真っ白に発光する。

 そして気づいたときは、ウルパック港とはまったく別の海岸に転移していた。

 空には爆音をがなり立てる飛行物体が飛び交い、周囲は見たこともない、鉄の塊のような船団が現れる。状況が分からないまま戦うのは愚の骨頂なので、アガレットは、一緒に転移してきた数隻の軍艦に退避命令を下した。

 だが、どこに港があるのかも分からない。彼らは浅瀬ギリギリまで船を寄せると、あとは泳いで海岸にたどり着く。それがいまいる台場の海浜公園だった。

 アガレットたち五〇余名の人員は、ひとまず、浜辺に面しているレストランに身を隠した。

 店の中はすでに誰もおらず、浜辺や道路には、まだ人間の姿がかなりあったが、それから小一時間もすると周囲から人の気配は消えた。

 アガレットほか数名が周囲の探索に出ると、そこには、見たこともない街が広がっていたという。アガレットたちの世界にもウルパック城のような巨大な建造物はあるが、この街の建物は姿形がまるで違う。どれもこれも尖塔のように細くて高いし、壁のような建物の中心に、球体のオブジェが据えられた建築物を見たときなど、いったい何のために使われている建物なのか、アガレットにはさっぱり分からなかった。

 だが一つ分かったことがある。

 ここはおそらく、芽以子がいた世界、ティアラやアガレットからすれば異世界なのだと。

 魔王に対し、この世界の住人は攻撃を始めた。だがすべて無力化されていた。芽以子たちの世界の武器でも魔王には太刀打ちできないらしい。そして魔王のブレスが炸裂し、海岸沿いはいよいよ大混乱を呈する。

 この世界の軍隊であろう人間たちがひっきりなしに行き交い始め、何に使うのか分からない鉄の車が何十台と列をつくり、アガレットたちはますます行動しにくくなった。

 突然、あんな化け物を引き連れてやってきたアガレットたちに対して、彼らが共闘するのか、それとも敵対するのかまったく分からない。緊急時、判断が付かないまま接触を図るなどはあり得なかった。

 だからこそ、すべては芽以子の捜索にかかっていた。

 芽以子がいれば、この世界の状況を把握できる。この世界の軍隊と共闘できるかもしれない。しかしそれには、双方世界の事情をよく知っている人間がどうしても必要だ。無駄な交戦は絶対に避けなければならない。

 ティアラは、この世界に来てからも必死に芽以子の探索を続けていた。探索には空属性(アーカーシャ)の術式が必要で、これはティアラしか扱えない。

 だが、この世界に来てからというもの大きな問題があった。

 魔導術が使えなくなったのだ。

 常に感じられていた魔力が、誰一人感じられなくなった。魔導術がなければ魔王への交戦など夢のまた夢だし、ケガの治療はもちろん、芽以子の探索もできない。

 そこでティアラは一計を講じる。それは、ティアラたちの軍艦だ。

 この軍艦は、魔力によって動いている。しかし、魔導士が動かしているわけではない。魔導車と同じで、クリスタルによって動いている。

 クリスタルは魔力が内在した鉱石だ。魔力がなくなればただの石になるが、それまでなら魔力を引き出すことができる。軍艦数隻のクリスタルでは、魔王と相対することなどとてもできない。だが──

 ──芽以子探索の術式を使うことならできる。

 ティアラは、まるで祈るかのように術式を錬成する。この湾岸一帯の映像がすべてティアラの脳裏に入ってくる。それだけでも、頭が破裂するかのような膨大な情報量だ。クリスタルの魔力とともに、ティアラの精神力も削がれていく。

 探索範囲をそれ以上広げることもできなかった。術式の限界もあるし、魔力の残量もかぎりがある。ティアラは、限られた条件の中、血眼になって芽以子を捜し続けた。

 そうしてついに、見つけたのだ。

 魔王の元に向かって突き進む芽以子の姿を。

 それを見てティアラは、いてもたってもいられなくなり、風属性(ヴァーユ)の魔導術で飛び立つ。

 そして芽以子を見つけて、彼女に飛びついた。

 

 

 いまふたりは、フードが壊れたジャイロに二人乗りしていた。ティアラはシートに座り、芽以子はボード状のステップに立ちながら運転する。二人乗りを想定していないジャイロの速度はさすがに減衰していたが、それでも六〇キロは出ていた。

 吹き付ける風に負けない声でティアラがいった。

「わざわざ魔王の元にやってくるなんて! 勇敢にもほどがありますわ!」

「わたしがいなくちゃ始まらないでしょう! なんたって、勇者なんだからね!」

 芽以子のその台詞を聞いて、ティアラは、その勇ましい後ろ姿をきゅっと抱きしめる。ティアラの頬が、立ち乗りしている芽以子のおしりにあたった。

「ちょっ、ちょっとティアラ!?」

「芽以子さまのおしり、やわらかい……」

「何いってんのよ!? やめてよ!?」

 ティアラが持ち出したクリスタルの欠片は、その魔力を使い果たし、ふたりは魔導術で戻ることはできなかった。なのでやむを得ずジャイロで移動している。

「でも、芽以子さま」

 ティアラは不安な面持ちでいった。

「魔王の弱点が分かっていても、わたくしたちはもう戦力になりません。こちらの世界の武器でも、魔王には太刀打ちできそうにない。これからどうすれば──」

 だからこそ、魔王はこの世界に強制転移してきたのだろう。人類の魔導術を封じ込めるために。

「大丈夫!」

 芽以子は力一杯ティアラにいった。

「わたしに考えがある!」

 遠くからは、激しい爆音が幾度となく聞こえてくる。その爆音が体中に当たる。腹の奥底にずしんと響いた。

 芽以子はその爆音に負けないよう叫ぶ。

「答えは、いつだって必ずある!」

 友達と遊びにきたこの台場で、まさか爆撃音を聞くことになるなど夢にも思わなかった。

 そしてこちらの世界でも勇者を演じる羽目になるなんて想像もしなかった。

「あきらめないかぎり答えは絶対に見つかるんだって、証明してあげる!」

 怖くても、不安でも、どのみち進むしかないのだから。

 だからぜんぶまとめて持ち上げて、芽以子は一歩足を踏み出す。

 すぐ隣には、いつも、ティアラがいてくれるから。

「芽以子さま……!」

 ティアラが感極まって、再び芽以子に抱きついた。

「芽以子さま、大好きです──!」

「わっ!? わ、わ、割れ目に顔を突っ込むな!?」

 ジャイロはグラグラと蛇行運転していた。

 

 

 海浜レストランの薄暗い店内。ティアラとアガレット、そして五〇余名の勇士たちの前に芽以子が差し出したのはスマートフォンだった。

 スマートフォンのモニターは、燦々(さんさん)と光を放っている。

 ティアラが問いかける。

「……これは?」

「こっちの世界の通話器よ」

 ティアラにスマートフォンを手渡すと芽以子はいった。

「わたしは、ティアラたちがどうやって魔力を感知しているのかは知らない。でも、同じ要領で、このスマホを感じてみて。この中には、魔力がある」

「この中に、魔力が?」

「そう、わたしの世界の魔力が

 ティアラは目をつぶって、じっと神経を集中させる。全員が固唾をのんでティアラを見守る。

 数分後、ティアラはそっと目を開けた。やや興奮気味に。

「た……たしかに、なんというか、少し感じは違いますが、確かに力を感じます……!」

「試しに、この通話器の魔力を使って、何かの魔導術を使ってみて?」

「わかりました!」

 ティアラがいうが直後、芽以子は鉄線で簀巻(すま)きにされる。

 おお──!と周囲から歓喜の声があがった。

 芽以子は口元をピクピクさせる。

「……あのね……」

「芽以子さま! すごいです!」

 簀巻きにしておいて、ティアラは芽以子に抱きついてくる。

「使えます! こちらの魔力でも魔導術を使えます! 芽以子さまはいつもいつも、わたくしたちに道を示してくれる! 芽以子さまはわたくしたちの勝利の女神です!」

 手足の自由を奪えたのをこれ幸いと、ティアラが芽以子の唇を奪おうとする。芽以子が悲鳴を上げた。

「ちょっ、ちょっとーーー!」

 そのすんでで。

 アガレットが、ティアラの頭をがしっと掴むと、おほんと咳払いをひとつした。

「……時と場所をわきまえてください、殿下」

 ティアラがしれっといい返す。

「時と場所をわきまえればよろしいですのね?」

「殿下にはまだ早すぎます!」

「わたくしの唇を奪っておいてよくいえますこと」

「──!?」

 アガレットが動揺しまくって後じさる。周囲のどよめきは、ティアラが魔導術を発動させた以上に沸きまくった。

 ……このふたりのややこしい関係を、彼らはどうも知っているらしい。

 ふたりの痴話げんかに沸く店内に、芽以子はしびれを切らした。

「いいからこの鉄線ほどきなさいよ!?」

「あら、芽以子さま。ヤキモチですか?」

「いまのマットーな抗議のどこにヤキモチが隠れてるってのよ!?」

 ティアラの代わりにアガレットがパチンと指を鳴らす。芽以子を簀巻きにしていた鉄線はパラリと落ちた。その拍子に、スマートフォンのモニターから光が消える。バッテリーが切れたようだ。

 アガレットは、魔力代わりの電力をもう使いこなせるようになったらしい。さすがは天才だと芽以子は思う。

 はぁ、とため息をつくと、場が静まるのをまってから芽以子が説明を続けた。

「ようは、人間ってのは、見たいものしか見ていないってことよ」 

 何かの書籍で聞きかじった知識を説明する。

「たとえば、心の中で『赤を見よう』と思った瞬間に、自分の部屋に赤いものなんてないと思っていたのに、視界いっぱい、赤い色のモノが溢れて見えるようになる。指輪がほしいと思った瞬間、いままで気づかなかったのに、たくさんの人のいろんな指輪が目に飛び込んでくる。これと一緒ってわけ」

 ぽかんとして聞き入る一同に芽以子はいった。

「わたしたちの世界の魔力、こっちでは電力っていうんだけど、それを使えると知った瞬間に、魔導士なら、魔力の代わりに電力を使えるようになるわ。それだけの話よ」

 そして芽以子は不敵に笑う。

「だから答えは、常に自分の中にある。見たくないものを見ようとする勇気さえあれば、新しい世界は始まる」

 一同が、力強く頷く。

「さぁ、行きましょう。これが最後の決戦よ」

 芽以子は、視界の隅に映る、悲しい顔をしているティアラに気づいていた。

 

 

 台場海浜公園の海岸沿いに、芽以子、ティアラ、アガレット、そして生き残った五三名の勇士たちがずらりと並ぶ。遠方に浮かび上がる魔王に正対する格好で。

 魔王周辺ではいまなお戦闘が続いている。自衛隊と米軍の連合部隊が、激しい交戦を繰り返していた。至る所で火花が明滅し、爆音が(とどろ)く。

 だが魔王は、そんな砲撃など歯牙にもかけない。

 間違いない。

 こちらを見下ろしている。

 葛木芽以子、ただ一人の少女を。

 芽以子は魔王を睨み付ける。

「やる気満々ってことね」

 芽以子らの作戦はこうだ。

 五〇余名の魔導士たちは、持てる力すべてを使って、突撃する三人のサポートに回る。魔王の砲撃を防御して、芽以子、ティアラ、アガレットの三人を可能な限り魔王に接近させる。

 アガレットは、魔王の結界を解除するためにすべての力を注ぎ込む。力比べでは魔王が圧倒的に上だし、アガレットはもうそんな強力な魔導術を使えない。だからこんどは知恵比べだ。魔王が錬成した結界術式を逆算し、これを解除できるかが勝負。一点でいい。人が通り抜けられる風穴さえ空けられればそれいい。

 そこから芽以子とティアラが突入する。芽以子は不死身の体を活かしてティアラを守り、そしてティアラが、海水を含ませた鉄線を魔王の体に叩き込む。

 夜も更けたというのに、灼熱の潮風が芽以子たちを凪いでいく。頬に浮かぶ玉のような汗を芽以子は拭った。

 出撃の号令を芽以子が放とうとしたとき──

「待ってください!」

 ──止めたのは、ティアラ。芽以子の両手をつかみ取る。

「芽以子さまはこの場に待機していてください!」

 出鼻をくじかれた魔導士たちは、驚いてティアラに視線を向ける。

 アガレットは何もいわず、魔王を注視したまま。

 そして芽以子は──ティアラに優しい笑顔を向ける。

「いまさらそんなこと、わたしが承知すると思う?」

「芽以子さまはもう十分に、わたくしたちを救ってくれました! 道を示してくれました! もう十分です! これ以上、危険なマネはしないでください!」

 ずっとずっと、ティアラは思い詰めていた。

 どんなに悪ふざけしたって、どんなにおどけたって。

 本当に好きになってしまったのならなおさらに。

 セントクリスファー王家に課せられた大きく重いその十字架。それを一身に背負い、ティアラはずっと苛まされていた。

 芽以子をこの戦乱に巻き込んだ、その張本人であることに。

 ティアラが呼んだのだ。葛木芽以子という少女を。

 戦争とはまったくの無関係だった、王族でも軍属でもなんでもない普通の少女を。

 そして芽以子も、彼女がずっと苦しんできたことを知っている。

「大丈夫。こんどだって勝てるわ」

「なら、いま一度誓ってください!」

 ティアラが芽以子の胸ぐらを掴んだ。芽以子の顔にその泣き顔を近づける。めいっぱい。

 こんなに間近にいるのに、遙か遠くにいこうとしている芽以子に。

「もう二度と! もう二度とわたくしの前から消えないと!」

 いちばん怖い現実を言葉にしてしまって。

 壊れそうなくらい握りしめられたティアラの拳が、ふっと。

 ティアラの小さな手から力が抜けた。

 彼女の額が、芽以子の胸にそっと触れる。

「こんどこそ……誓ってください……」

 芽以子は、ティアラの切願に答えない。

 その代わり、彼女のかほそい背中を抱きしめる。

「もしも、わたしがまた消えてしまったなら」

 きつく抱きしめる。ティアラを。

「わたしがまた消えたなら、また、わたしを捜して」

 胸の中から、ティアラの嗚咽がこぼれ落ちる。

「ティアラが、また、わたしを捜し出して。待ってるから」

 こんなにも、人を愛おしいと思ったことはなかったから。

「ずっと、待ってるから」

 だから、戦える。

 ──魔王の咆哮が闇夜にこだまする。

 魔王周辺に、数千の魔族が出現した。

 ティアラが泣き顔をあげる。ぎこちなく笑って、いった。

「……そうしたら……また……キスしてください……」

「いいわよ。だからいまは──」

 芽以子は、ティアラの額にそっと口づけをする。

「これでお預けね」

「……いじわる」

 そして芽以子は魔王を見る。

 魔族を何千と従えた魔王は、その背後から巨大な八枚の羽を出現させ、いままさに飛び立たんとしている。

 復活する。異世界の魔王が。

 恐怖と絶望の象徴が。

 いまこの地に、復活する。

「行こう!」

 芽以子の右にティアラ、左にアガレット。三人はしっかり手を握る。世界の命運を握った勇者たちは、光り輝き宙に浮かんだ。

 ──わたしたちは、あなたの駒じゃない。

「それを今から、証明してあげる」

 そして芽以子が叫ぶ。

「総員、突撃!」

 芽以子たちが閃光になるのと、魔族が一斉に展開したのは同時。

 魔王への距離は一気に縮まり、魔族が飛び交う真っ直中に飛び込んだ。

 芽以子、ティアラ、アガレットの周囲に何重の方陣が展開。魔族の攻撃を阻む。目前にいた魔導士は撃墜された。彼はきりもみをしながら海の中へと落ち、芽以子は歯がみする。

 だが止まるわけにはいかない。

 ──と、横のアガレットが呪文を唱えていることに気づく。

「アガレット!」

 食いしばるその口端から、一筋の血が流れた。

混沌の爆炎(アサティ・ロウ)!」

 芽以子の周囲に芥子粒のような方陣が展開。それが一気に弾け飛ぶ。まるで夜空に咲いた花火のように火の粉が飛び散り、魔族だけを正確に射貫く。

「アガレット! だめ!」

「まだやれます! 結界も破ります!」

 この天才は、魔王が張り巡らす術式の、その膨大な逆算をしながら、なおも攻勢術式を組み立てる。

 芽以子を守る魔導士たちが、アガレットの猛勇に気を吐いた。ある者は魔族に特攻し、ある者は己が身を盾にして血路を開く。芽以子たちを包む重層結界は猛々しくその輝きを増し、指一本触れさせまいと強く輝く。

 ティアラは、空と水の術式で傷ついた仲間を少しでも救うため遠隔回復術式を続けた。微細な空の術式を制御し続け、彼女の顔は真っ青に変色している。

 その人類の団結を尻目に、魔王が、巨大な八枚の羽をはためかせた。

 強烈な突風に、魔王周辺を旋回していた戦闘機十数機は木っ端みじんに爆発した。芽以子らの結界は、空気摩擦で激しくスパークする。

 アガレットが猛る。

「逃がすか!」

 遙か高く上空に舞い上がる魔王。

 アガレットは風と水の術式を用いて、海水の竜巻を生みだし、空高く捻り出し、三人は常夜の天空に舞い踊る。

 アガレットが叫ぶ。

「行きます! 光の融解(プラサ・ビバリティ)!」

 東京の夜空に、格子状の微細で美しい方陣が煌めいた。

 多くの人が、避難するその足を止めて、輝ける天空を見上げている。

 ブラックアウトした都市に、再び灯がともってゆく。

 アガレットが吸い上げた魔力の残滓(ざんし)を受けて、街は輝く。

 夜空には星河ように煌めく方陣。地上には広大に瞬く都市の夜景。

 人が生み出す輝きが、いま、結界を貫く力となる。

 魔王と芽以子たちの間に、紫光の電撃が飛び散った。

「突破! いまです!」

「ティアラ!」

「芽以子さま!」

 芽以子がティアラを抱きしめて、二人は魔王の結界を突き抜ける。

 直後、魔王の近距離攻撃が芽以子の背中を切り裂いた。

 芽以子の絶叫。ティアラの悲鳴。

 芽以子は奥歯を噛みしめて、目前に迫った魔王の、その幾重もの顔面を睨み付ける。

 ──進め、ティアラ──!

 芽以子自身が放ったはずの言葉は、ひどく遠くに感じられた。

 ティアラは泣きながらも突撃をやめない。

 二人が纏う海水の渦は、アガレットの術式によって一気に膨張する。

 芽以子は思った。

 ──そうね。

 ティアラをぎゅっと抱きしめながら。彼女の優しい匂いを感じて、思った。

 ──そんなに、悪くなかったわ。

 初めてティアラと出会ったとき、彼女は素っ裸だった。

 アガレットに至っては死にかけた。

 訳も分からないまま世界の危機を救うため、三人で旅立った。

 五〇〇体以上の敵なんてお構いなし。この二人は無敵なのかと思った。

 そうそう、アーサー。彼も強烈なキャラだったわね。

 いつかゆっくりお話できる日がくるかしら。耳が痛くなりそうだけど。

 王都に突然攻め込まれたときは度肝を抜かれた。あのときはもうだめなのかと思った。

 でも、あきらめなかったから。

 アガレット。

 ティアラ。

 あなたたちが一緒にいてくれたから。

 真っ黒だったオセロのコマは、三人チカラを合わせれば、ぜんぶひっくり返すことができる。

 どんなにつらくても、終わりよければすべてよしってね。

 真っ黒な昨日も、明日、純白にできるよ。いつだって、どこだって。

 たとえ離ればなれになったとしても。

 絶望が、あなたを苦しめ続けても。

 少しでもいいから。ちょっとずつでいいから。

 あがいて、もがいて、一歩ずつ進み続ければ。

 きっと、また会えるよ。

 だから──

「──行けェ! ティアラ!」

 ティアラ最大の攻勢術式。誰にも扱うことのできない彼女だけの鉄線奥義。

天空の翼(シェル・ウィング)!」

 数多に現れた光の鉄線。

 一滴でもいい。魔王体内に、海水を!

 芽以子の祈りが(ほとばし)り、世界を救う力となる。

 魔王を、打ち倒せ!

 無数の光子が、幾重もの顔面を貫いた──!