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メタっ娘

chapter 6-4 決着をつけるために

 魔王のブレスが着弾したことにより、日本の首都はいよいよ麻痺した。

 まず、政治家と高級官僚がこぞって逃げ出した。対策本部を移設するという名目で。ヘリが主要省庁屋上から無数に飛び立ち、乗れなかった者は地下道を使い、霞ヶ関は瞬く間にもぬけの殻となる。

 指導者を失った現場では、それでも必死に避難誘導を続ける。だが、あの強大な火力の前にどこへ避難するのか。いまや関東一都六県全域が脅威にさらされている。しかも交通網は麻痺して動くに動けない。しかし人々は、少しでも東京湾から離れようと、蠢く土石流のごとく東京から離れていく。

 自衛隊と米軍はすぐさまスクランブルをかけ、戦闘機による一斉射撃を開始したが、魔王が操る純魔術の前に、現代テクノロジーでは歯が立たないらしい。魔王は無傷。本体に着弾するまでもなく、結界によって攻撃が阻まれる。もっと強い兵器を使えば倒せるかもしれないが、それを使用すれば東京は再起不能になる。

 芽以子は、人を掻き分け道路を進み、あまりに進めないのでビルとビルの合間を抜け、避難する人々とは反対へ、魔王が待つ東京湾へと押し進む。

「ほんと、怪獣映画、ね──!」

 そんな文句をいいつつ一時間近くもみくちゃにされているうちに、ようやく人垣が開けて来た。新宿通りは、なんとか人の合間を抜けられる程度の混み具合になり、芽以子はその中を疾走する。

 息を切らしてしばらく走っていると、道端に三輪バイクが乗り捨てられていた。

 ピザの宅配で使われているジャイロだ。倒れたせいでフードは割れていたが、まだ走れるようだ。キーも付いたまま。一時期は、この辺も人で溢れかえっていただろうから、走れないバイクは乗り捨てて徒歩で避難したのだろう。自分のバイクでもないのだからなおさらだ。

 夕闇の中、新宿通りの真ん中で、芽以子はジャイロを引き起こす。

 バイクなんて運転したことがないが、要は自転車が速くなったようなものだろう。ましてや三輪車であれば安定している。

 芽以子は座席に座るとキーを回す。エンジンはかからない。いじり回しているうちにスターターボタンを押してエンジンをかけることができた。ドキドキしながらスロットルを回す。

「うおっ!?」

 いきなり急発進して、芽以子は慌ててブレーキをかけた。ジャイロは甲高い音を立てて停止。前方に人がいなかったのが幸いだった。

「……び、びっくりした……」

 芽以子は改めて、ゆっくりとスロットルを回す。ジャイロはおそるおそる走り出す。女子高生が運転するジャイロだが、周囲の人は気にもとめない。

 最初は自転車程度の速度だったが、徐々にスピードを出せるようになり、三〇分も乗っていると芽以子はフルスロットルで走らせていた。

 ヘルメットもかぶっていないので、黒髪が突風になびく。

 信号も何もお構いなしだった。四谷駅付近にさしかかると警察官もいたが、ノーヘル制服姿で爆走していても咎められることはない。あれほどの巨大兵器を前にして、暴走車などかまってなどいられないのだろう。

 芽以子は避難する人々と真逆の進路をひた走る。東京湾に近づくほどに人の数はどんどん減っていった。

 銀座はがらんどうだった。華々しく飾られたファッションビルが、いっそうの寂寥(せきりょう)感を引き立てている。その銀座上空を、戦闘機が爆音を立てて横断していく。旅客機など比較にならない爆音に芽以子は顔をしかめる。

 銀座を突っ切り晴海通りを全力疾走、かちどき橋を渡って湾岸に入る。豊洲でモノレールの駅を見つけて、道をよく知らない芽以子はモノレールの高架下を走ることにした。

 ジャイロのエンジンは悲鳴を上げる。時速は一〇〇キロに達し、芽以子の黒髪はもとより、ブレザー、リボンタイ、ミニスカートが激しくなびいた。とにかくいまは、見通しのよい沿岸に出ること。もしかしたら、あちら側(ニカ)の人間が流れ着いているかもしれない。

 周囲は高架橋以外は何もなくなり、広大な埋め立て地にはススキがぼうぼうと生えるばかり。その向こうには、ビル群のシルエットがうっすらと見えた。

 すでに日は暮れている。街灯も付いておらずジャイロのヘッドライトだけが頼りだ。本来なら対岸のビル群は煌々と輝いているのだろうが、魔王の攻撃により電線が寸断されたのか、対岸も湾岸も真っ暗だ。

 右斜め前方だけ、オーラのように輝いている一帯がある。あの付近に、自衛隊と米軍による前線基地があるのだろう。だが、ここで芽以子が前線基地に乗り込んで「あれは魔王だ、浸水させれば倒せる」などといっても無駄だということは分かっている。

 そう、芽以子は魔王の倒し方を知っている。巨大になっただけで、壊れかけの電化製品であることに変わりはない。しかも周囲は海だ。水はいくらでもある。

 しかし芽以子一人ではどうにもできない。知っているだけで、実行する力はどこにもない。権力もない。ここでは、芽以子はただの女子高生なのだから。

 ティアラとアガレット、ふたりさえ見つけ出せれば。しかし、この広い湾岸地帯でいったいどうやって二人を捜す?

 もしかしたら電話がつながるかもしれないと思いスマートフォンを取り出すも、ティアラとアガレットの番号など覚えていなかった。海岸沿いを走って捜すしかいまは考えが浮かばないが、それで見つかると思うのは楽観しすぎだろう。ガソリンもあと一メモリしかない。

「……地震!?」

 地鳴りを感じた。急ブレーキをかけて停車すると、高架橋からは十分に距離を取る。地震は激しさを増し、立っていられなくなった芽以子は歩道にしゃがみ込んだ。次の瞬間、辺りが真っ白に発光する。

(第二波──!)

 頭を抱え伏せる。数秒は真っ白だったろうか。放電によるしびれが全身を襲う。背後からの絶大な爆発音が体にぶつかり、芽以子は振り返った。

 対岸は、業火と黒煙に包まれていた。おそらくは、いま通ってきたばかりの銀座、そこから浜松町までの一帯が火の海と化してる。

 壮絶な炎の光が芽以子を照らしていた。まるで生き物のように業火はうごめき、無数の火の粉は次々と飛び立ち、黒煙が、夜に紛れて空高く消えていく。

 もはや、逃げ遅れた人間がいないことを願うしかない。

「好き放題やってくれて!」

 芽以子は立ち上がるとジャイロを起こす。スロットルを握り走り出したその瞬間。

 業火がうねる背後から、その声は聞こえてきた。

「芽以子さま!」

 芽以子は急停止するとジャイロから降りる。

 紅蓮の逆光に照らされて、彼女は立っていた。

「──ティアラ」

 泥と煤まみれとなった百合のドレス。ウエーブがかったブロンドはぼさぼさで、所々が跳ね上がっていた。頬にも煤が付着している。

 でも、それでも。

 彼女の力強い美しさは、まったく損なわれていなかった。

「芽以子さま!」

 ティアラが駆け寄り、芽以子に飛びつく。

 その上空を、何機もの戦闘機がうなりを上げて飛び去っていった。

 ティアラが、胸の中で(ささや)く。

「ようやく、見つけた……」

 泣きじゃくるティアラのその囁きを聞いただけで、彼女がどれほどに心配し、そして芽以子を捜し回っていたのかを知る。

 ティアラの声、息づかい、繊細なブロンド、ドレス越しに感じる体温にやわらかいその肢体。ぜんぶ現実であるが故に、だからこそ──

 ──この東京は、虚構なのだと思い知らされる。

 東京湾に鎮座するあれは、報道のとおり、どこかの国の最新兵器なのかもしれないなんて、そんな、芽以子がすがりたい最後の希望のひとかけは、ティアラによって打ち砕かれる。

 いるはずのないティアラが、いまここに、こうしているのだから。

 芽以子はずっと、あの男の手のひらの上で踊っていただけ。

 ティアラと同じように、葛木芽以子も、夢の中の住人なのだから。

「ティアラ、ありがとう」

 でも、だからなんだというの? 芽以子は心の中でそうつぶやく。

「ぜんぶ、わかった」

 そんなことでわたしは屈しない。絶望して膝を折ったりしない。

「どこまでも、お供しますわ」

 ティアラは芽以子を見上げた。芽以子は力強く頷く。

「──行こう。決着をつけるわよ」

 わたしは架空の人間。でも、だからこそ、気づいたのよ。

 おまえと決着をつける方法に。