イメージ

PAGE

メタっ娘

chapter 6-2 真のラスボス

 タタン、タタンタタン──と、山手線が走る小刻みな音を感じる。

 車窓から、黄色くなった午後の日差しがさ燦々と差し込み、冷房を控えめにしている車内はいくぶん暑さが残っていた。

 いつの間にか始まっていた二学期、九月の第一週目。夏の暑さはとどまることを知らない。

 タタン、タタンタタン──

 芽以子は座席の端っこに座りながら、どこに視線を合わせることもなくぼうっとしている。

 車内には、背広を片手に提げているサラリーマン、芽以子と同じ学生たち、老人もいれば主婦もいる。その半数は携帯電話をいじっていた。

 そんな日常の光景を眺めていたら、気づけば山手線は二週目に入っていた。

 芽以子は車内の壁に頭を預ける。

 保健室に連れて行かれたあと、午前の授業の間はずっと寝ていた。

 昼休みに目が覚めて、友達が見舞いに来た。もらった菓子パンとお茶を軽く流し込むと、芽以子はいったん帰ることにした。両親は仕事中ですぐ迎えにくることはできないので、二人が心配して付きそうといってきたが、大丈夫だからと断った。

 なんとなく一人になりたかった。

 本当は新宿で私鉄に乗り換えるのだが、ぼうっとしていたら通り過ぎてしまい、乗り換えるのも面倒だったので一周回ることにした。そしていま、芽以子の学校の最寄り駅である駒込駅を通り過ぎたところだった。

 タタン、タタンタタン──

 電車が止まるたびに、車内の空気がせわしなく動く。隣に座る人も何度も変わる。芽以子の前で、難しそうなことを話している大人たちの声が聞こえる。

 どうしてだろう? この現実のほうがリアルを感じられない。談笑したり携帯電話を見つめたりしている彼らを、まるでガラス越しに眺めているようだった。

「ティアラ……」

 誰にも聞こえない微かな声でそうつぶやく。

 指先を見た。その指先で、そっと唇に触れた。

 あれだけ感じた彼女の体温は、いま、どこにも感じられない。

 彼女はいま、どうしているのだろう?

 必死になって芽以子を捜しているだろうか。

 これで、あの世界とのつながりはおしまいなのだろうか。

 所詮は、陰険などこかの作者が作ったフィクションの中なのだから。

 芽以子は、だるい体をおしてゆっくりと立ち上がる。

 そう──あの世界は虚構の世界。本の中の世界。

 であるならば──

『次は、新宿、新宿。お出口は左側です』

 女性の車内放送が機械的に流れる。

(まだ終わりじゃない)

 芽以子の瞳に力が戻る。

(わたしには、まだやることがある──!)

 新宿についた。芽以子は電車から降りると、混み合うホームをかき分けて出口に向かう。階段を上り南口改札を出た。

 線路を挟んで左右に巨大なビルが建っている。向かって右側は企業ビルやホテル、カフェテリアなどが並ぶ。運河のような線路網を挟んで左側には、巨大な商業施設が建っている。

 その商業ビルには大型書店がある。雑誌やマンガ、参考書を買いに、学校帰りにちょくちょく行く書店だ。

 その書店まで突っ走り、息も整えないままライトノベルコーナーの前に立つ。しかしそこで芽以子は絶句してしまう。

 並ぶ文庫が多すぎる。

 芽以子はスマートフォンを取り出したが、しかしどうやって調べるのか? ライトノベルのタイトルはもちろんのこと、作者の名前すらしらないのだ。これでは検索のしようがない。

(何か……何かキーワードは……そうだ!)

 芽以子は、自分やティアラ、アガレットの名前を検索窓に入れた。作者の名前は分からずとも、登場人物の名前などは、何かしらの情報が載っているはずだ。芽以子は、検索結果を上から順にタップしていく。

 芽以子の予測は当たった。作者サイトがヒットしたようだ。

 作者名は──佐々木直也。

 さらに芽以子は問い合わせページに気づく。

「……そうか」

 自分が現実世界に帰って来たのなら、この作者も日本のどこかにいるはずだ。さすがに、サイトに住所は書かれていないだろうが──

 ──ネットを通して接触することはできる。

 問い合わせ方法は、ソーシャルメディアのFacebookにログインしメッセージ機能を使えと書いてあったので、芽以子はFacebookにアクセスし、メッセージを開く。すると彼がオンラインであることが分かった。

 つまりこの男は、いまこの瞬間に、Facebookを見ていることになる。

 芽以子は、メッセージを入力していく。

 ──葛木芽以子です。分かってますよね?

 返信は、すぐに来た。

 まるで待ち構えていたかのように。

 まったくもっていつもの調子で。

 ──やぁ、芽以子さん。ぼくとの接点がよくわかりましたね。たいしたものです。作中でも思ってましたが、けっこうお強いんですね、デジタル関係。

 ──相変わらず惚けてるのね。はぐらかさないで。小説を完結もさせずにわたしをこっちに帰して、いったいどういうつもりなの?

 ──いえ、別にそんな大それた目的はありませんよ? ファンタジーをちょっと書き飽きたというか、この辺でどーんと場面転換したかったというか。

 ──ティアラたちをどうするつもり?

 ──はっはっはっ。ネタを暴露したりしませんよー。ま、ぶっちゃけいま考え中ですが(^^;

 芽以子はディスプレイを睨み付ける。この男とやりとりしていると、相変わらず嫌悪感をもよおす。ましてや、あんな残酷な描写を平気で書くようならなおさらだ。

 彼がメッセージを送ってくる。

 ──それにしても不思議ですねぇ。

 ──何がよ。

 ──芽以子さん。あなたとはこれまで、ページ越しに話していたというのに、画面越しとはいえ、いまではこうして現実世界の中で、つまりは東京でやりとりしている。

 ──だから何?

 ──芽以子さん、違和感を覚えませんか?

 ──相変わらず回りくどいわね、いったいなんだというの?

 ──ねぇ、芽以子さん……

 書き込みが止まる。芽以子はいらいらしながらスマートフォンを見入る。

 なんとかして、不当に苦しめられているティアラやアガレットを助けてあげたい。しかし彼女たちはこの男の産物だ。そうである以上、この男自身をどうにかしなくてはならないのだが、いったいどうすれば……

 だが、これ以上やりとりしてもなんら進展はなさそうだ。文字だけのやりとりとはいえ、どんな性格かはよくわかる。とても説得に応じるような人間ではない。

 芽以子は無駄なやりとりはやめて、彼の書き込みを無視して一度帰宅し、それから対策を練ろうと思った。だが、芽以子がスマートフォンをしまおうとしたとき、まるでそれを見計らったかのように一行追加される。

 

──芽以子さん、あなた、本当に、ラノベの中に入れるなんて思っているんですか?

 

 その一行を読み、芽以子は眉をひそめる。

「……どういうこと……?」

 それと同時、書店全フロアに館内放送が流れる。

『えー、お客様にご連絡致します。ただいま、緊急避難命令が、日本政府により発令されました』

 芽以子は目を丸くして天井スピーカーを見た。

「は!?」

『お客様は、速やかこのビルから退出頂きまして、あとは警察官の指示に従ってください。繰り返します。ただいま政府により、避難命令が発令されました──』

 混雑していた大型書店がさらに騒然となる。出入り口のほうから「慌てないでください!」「押さないで!」という店員の大声が聞こえてくる。

 芽以子はすぐに、ニュースサイトにアクセスする。トップページに、派手なキャッチコピーが踊っていた。

『東京湾に、正体不明の巨大建造物が出現──某国の最新兵器か』

 ヘリコプターから撮った写真ではぼやけていてよく見えないが、何か巨大な、途方もなく巨大な影が映り込んでいる。

 芽以子はアプリを動画に切り替える。

 様々なチャンネルが緊急特番となっていて、プロキャスターから素人まで興奮ぎみに解説していた。

『ご覧ください。東京湾・湾岸から約一〇キロ付近に、巨大な建造物が見られます。本日午後三時未明、突如、東京湾中心部に巨大な建造物が出現──あ、はい。いま入ってきたニュースによると、政府は、東京・千葉・神奈川に避難指示を発令しました! 住民の皆さんは、所轄警察の指示に従って速やかに避難してください! 繰り返します、東京・千葉・神奈川に避難指示が発令されました!』

 スマートフォンを握りしめ、芽以子は唖然として画面を見入る。

「ひなんって……」

 所狭しと書籍が並べられ手狭な店内は、すでに怒号と悲鳴で満ちている。

「避難って、どこへよ……?」

 芽以子は力なくつぶやいた。