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メタっ娘

chapter 5-2 さて、どう戦う?

 アリゼール王国の王立軍は、他国を圧倒する戦力を誇る。しかしその広い国土を防衛するため、各地域に基地があり、全軍集結させるとなると魔導術を駆使しても数日はかかってしまう。

 王都を守るウルパック常備軍は、市中警備を管轄とする警備隊と、主に魔族を想定した外敵に対抗する防衛隊に分かれている。ウルパック常備軍だけでも一国の軍備に相当する戦力を有しているが、それでも目前に迫る魔族とは歴然とした戦力差が予想された。

 そもそも、魔族があれほどの群れをなして人の街を襲うなどは、過去の記録をさかのぼっても一切記述にない。人里に現れる魔族は、たいていが単独行動であり、数匹現れたら大ニュースになる。芽以子たちが海上で戦った魔族五〇〇体との交戦は、常軌を逸した大事件なのだ。

 魔族は、少数ではあるが一体一体の攻撃力は通常の人間を遙かに凌駕する。なにしろ、人類側は王族しか魔術を使えないのに対し、魔族はどんな格下であろうと魔術を使うことができる。言葉一つで炎を起こせる力は強大だ。

 その魔族が、ざっと確認しただけで三十万。対するウルパック常備軍の総数は五万。うち三分の一が警備隊として市内の避難誘導・救助活動に当たらねばならない。しかも、いまやこの巨大な王都は混乱の極みにある。アーサーがいくら陣頭指揮を執ったとしても、そう簡単に一〇〇〇万人もの人間を、しかもこの一週間は祭典のまっただ中だったから、観光客も含めれば平時以上に増えている人々の避難がスムーズに行えるとは思えない。

 つまりは、戦況は絶望的だった。人智の象徴ともいえるアリゼール王国・王都ウルパックが落ちれば、人類側は一気に瓦解するだろう。唯一の強みである集団戦闘の統率が失われれば人類は(もろ)い。そして魔族は──つまり魔王はそれを狙っている。

 空中庭園は、ウルパック城の最上階に位置する広大な屋上だった。学校の校庭ほどもある大きな屋上は芝生が敷かれ、中央には噴水とオープンテラス、花壇は左右対称に整然と並んでいる。アガレットは、ウルパック市全体をパノラマに俯瞰できるのでこの場を統合本部とした。

 普段は、この広い庭園でお茶を飲んだり、ごく親しい客人とのホームパーティーなどに使ったりするが、いまは、二百三十名の魔導隊が勢揃いして、アガレット配下にある。アガレットの周囲には、何十個という巨大モニターが虚空に浮かび、各地の状況を表示していた。

 芽以子は空中庭園の端によって、眼下に広がる広大なウルパック市を眺めていた。地上二三〇メートルもあり超高層ビルから街を見下ろすようなものだが、ウルパック城は台形をしているので山頂から街を見下ろしているようである。

 その街からは、すでに火の手が上がっている。青空にいくつもの黒煙が上がっていた。

 上空の強い風に髪を押さえながら、芽以子は息をのんだ。あの黒煙は、映像でも何でもない。あの小さく見える黒煙の元には、人がいる。いままさに有毒ガスに巻かれそうになっている人もいるだろう。巨大な建築物が瓦解して生き埋めになっている人もいるだろう。親とはぐれた子供や、絶望してただ空を見上げるばかりの大人も。

 そんな悪夢に体が麻痺しかける。芽以子は頭を何遍も振った。

(そうじゃない──!)

 強風の中で、芽以子は必死に考える。

(目前の悲劇に飲み込まれるな──!)

 背後で控えていたティアラが声をかけた。

「これより大規模魔導術を発動させるそうです。芽以子さま、テラス内の方陣に待避しましょう」

「うん……」

 空中庭園中央のテラス内に芽以子とティアラが向かう。それと入れ違いに、アガレットは庭園の切っ先、三十万の魔族軍団に向かって歩いて行く。

「アガレット──」

 すれ違いざま声をかける芽以子。アガレットは力強く頷いただけで、あとは前方の魔族を見据える。

 魔族は、いよいよ空の半分を真っ黒に埋め尽くした。

『全軍に通達!』

 方陣の中に避難した芽以子の頭の中に、アガレットの声が響き渡る。

『これより数分後、大規模術式を発動させる! 発動後、全軍一斉攻撃! 大規模術式・第二波まで遠隔攻撃にて牽制! 魔族を一匹たりとも市中に入れるな! 魔導隊は、ウルパック市全体に魔力障壁を展開! 大規模術式の余波を押さえるとともに、魔族の攻撃を防御せよ!』

 一拍おいて、アガレットの朗々たる詠唱が始まる。

 魔導隊の重奏詠唱も始まり、その術式はすべて王都の防御に当てられる。三十万の魔族軍団への攻撃を一手に引き受けるのは、大魔導士アガレットただ一人。

 人間が使う魔導術は、複数の術式を重ねるほどにその効力は劣化してしまう。ひとりの天才により編み出された美しく繊細な術式のみが、最強の魔導術となりうる。

 アガレットが唱えるは、人が編み出し、人が扱える最強最大の攻勢術式・天の火(アグニ・サルガ)。それが彼女の天恵により、術式の限界を、人智を超える。

 方陣が一気に展開した。芽以子は言葉を失う。

 帆船で見た美麗で巨大な方陣、その数六〇〇!

 天の火一つで五〇〇体の魔族を屠るのなら、三〇万体なら六〇〇倍の出力を出せばいい。

 単純かつ力任せの巨大術式。大魔導士たった一人により、ウルパック市の広大な空が赤く染まった。

「アガレット!」

 無茶なのは芽以子にも分かる。アガレットが血を吐いた。

 だが彼女は錬成を完成させる。

 

 天の火(アグニ・サルガ)重層(ドグナ)──!

 

 空中庭園が爆撃されたのかと思った。人間には、もうその事象を感知できない。

 空気中ではじけ飛ぶ業火のうねりは、酸素をも分解して虚空を作る。真っ赤な光に染まった街の様々なものが上空に吸い上げられ、魔導隊の術式により生物のみが地面に押さえつけられた。強度の弱った古い建物までもが吸い上げられて業火の糧となる。

 アガレットが生み出した八千本の火柱は、ぶつかりはじけて、己が質すらも変容させる。地場を狂わせ、光は歪み、時すらも遅らせた。微細であるからこそ絶大なその火力は、アガレットの、膨大でありながら間違いひとつない攻勢演算により整然と制御され、魔族軍に向かって収斂(しゅうれん)する。

 国一つ蒸発させられるほどの熱量。

 魔族に着弾し、その大多数は消失する──はずだった。

 これこそが、アガレットこそが、いま人類が持ちうる最後の切り札だった。

 なぜなら、伝家の宝刀たる芽以子は未だ目覚めていないのだから。

「……な……なんで……?」

 芽以子の声は、強風にかき消されて誰にも聞こえなかった。

 何も変わっていない。

 青い空も、強い風も、モニターに映し出される黒煙を吹く街並みも。

 そして、もう目前にまで迫ってきた黒雲のような魔族たちも。

 気づいたときには、術式発動前に戻っていた。

「アガレット!」

 遙か前方でアガレットが倒れている。芽以子は周囲の制止も聞かず方陣から飛び出した。

 夏の日差し以上のむっとした熱気が肌にまとわりつく。

「アガレット!」

 芽以子はアガレットを抱き起こす。息はある。激しく咳き込むと、大量の血を吐いた。

 すぐ追いついたティアラが、すかさず水属性(ジャラ)の回復術式を組み立てながら、一歩遅れてやってきた兵士に叫んだ。

「衛生兵を! 早く!」

 ティアラの声を聞き、アガレットが呻きに似た声をひねり出す。

「待避を……全軍に指示を……魔王が……」

 アガレットの唇が動く。

 ──まおうが、きている

 芽以子は空を見た。

 アガレットの術式は失敗ではなかった。完全に制御され、見事なまでに発動していた。

 ただ単に、防がれただけだった。

 眼前の、魔王によって。