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メタっ娘

chapter4-6 禁断の恋、その行方は……

 今日は、雲一つない快晴だった。気温もぐんぐん上昇して焼け付くような日差しだが、王城内は完全空調なので、芽以子のいる控え室は外とは別世界のように涼しかった。

 芽以子は、控え室で身なりを整えていた。用意された衣服は、勇者さま専用の正装だそうだ。千年に一度の勇者さまにどうして専用の礼服があるのかと尋ねたら、各国礼服のいずれかを着せるわけにもいかないので王連が取り決めたそうだ。

 王連とは暇人の集まりなのだろうか? と思うも芽以子は抵抗する気も失せていたので、いわれるままに着衣した。

 勇者来訪の祭典から、あっという間に三日たった。夜、ティアラを追い出して以来、彼女とは会っていない。アガレットとも。広すぎる王城も幸いしたが、芽以子はほとんどをあてがわれた寝室で過ごしていた。

 このところずっと動き回っていたので疲れもたまっていたのだが、八割がたはティアラと会いたくなかったからといっていい。しかしどう避けても、今日は否応なくティアラと顔を合わせるだろう。

 はぁ、とため息をついてすぐ、扉がノックされた。

 侍女は出ていたばかりだから、思い当たる人間はもう一人しかいない。

「どうぞ」

 芽以子が答えると、案の定、そこにいたのはティアラだった。

「まぁ!」

 まったくもって普段のテンションそのままに、ティアラは両方の手のひらを胸の前でポンと合わせる。

「芽以子さま……かっこいい!」

 けっこう自慢でもある長く黒い髪の毛はアップにして、銀色のかんざし一本でまとめていた。房から華やかに広がる黒髪と銀のかんざしが、芽以子の頭部を引き立てている。

 顔には薄く化粧を施された。うっすらと基礎化粧を施されて唇に薄紅色のルージュ。侍女の格好をしているのに明らかに男性であるメイクアップ担当は「まぁまぁまぁうらやましい! こんなぷりっぷりのお肌で!」と裏声使って褒めてくれた。巨人・アーサー国王の懐は深い。

 ただ、肝心の礼服が男物だった。基本形状は燕尾服で、ジャケットは目の覚めるようなミディアムブルー。要所要所に繊細な銀細工が施されている。蝶ネクタイは白で、ズボンは黒。

 どう見ても、文化祭の演劇用に男装しているとしか見えなかった。衣服と装飾品がどれも超一級品なので、サマにはなっているが。

「なんで男物なのよ?」

 華やかにドレスアップしたティアラに向かって、つっけんどんに問いかける芽以子。ドレスを着たいとはいわないが、男装を人前にさらしたいほど芽以子はボーイッシュでもない。

「あれやこれやの大激論の末できた勇者さま用の燕尾服ですし、せっかくですから一度くらい袖を通してあげてくださいな」

 ティアラは、百合の花を模したドレスを着ていた。

 上半身は体に密着しているが、ボディラインを露骨に見せないよう半透明のショールをふわりとまとっていて、それがピンク色。スカート部分は、百合の花弁が逆さになったようにかたどられていた。

 まさにぴったりだわ、と芽以子は思う。その姿にも、その性格にも。

 ティアラは、その百合のドレスにふさわしい繊細な笑顔を芽以子に向けた。

「このお休み中は、十分に休養をとられましたか?」

「……まぁね」

 どうしてわたしが目をそらさなくちゃいけないのよ、と思いながらもついつい目をそらしてしまう芽以子。ティアラは優雅に芽以子の目前に歩み出た。

「ちなみにわたくしは、芽以子さまにあえずもどかしい日々でしたわ」

 直球で来た。芽以子はますますあさってのほうを見る。

「あっそ」

「アガレットとも、あのお祭りのキス以来、会っておりませんわ」

 百六十キロ・ドストレート剛速球だ。しかし芽以子は平静を装ってみせた。ぴぴくぅっと片眉が反応していたが。

「かわいそうに。またデートでも何でもすればよかったじゃない」

「またふたりっきりでお祭りにいってもよかったんですけれども」

 ぴぴぴくぅっと、芽以子の片眉がますます反応する。本人は気づいていないようだが。

 芽以子は、あくまでも気にしていない、と全力主張するかのような声音でいった。

「そりゃそうよ。相思相愛なふたりなんだから。これでわたしも安心安全な旅ができるというものよ。なんでもう一度ふたりっっっきりでデートしなかったのよ、もったいない」

「だって、芽以子さまがヤキモチ焼きますし」

 その台詞を聞いたとたん、芽以子の眼前がスパークする。

「──だっ!」

 怒号が、控え室いっぱいに膨れあがった。

「誰が焼いてるのよ!」

 ティアラは、その怒号にきゅっと肩をすくめる。それから小さく舌を出した。

「そういう態度を、焼いてると申しますのよ。もう三日も経ちましたのに」

「いっときますけど、わたし、キスしたこと怒ってるんじゃないから!」

「え?」

 芽以子はそれだけいうと押し黙る。ティアラが小首をかしげた。とても可愛らしく。

「じゃあなんで怒っているんですの?」

「怒ってないわよ!」

「いまご自分でおっしゃったじゃないですか……」

 この三日間、イライラしている原因を探った。というかそれしか考えられなかった。ティアラがいうように嫉妬の可能性も頭をよぎるがそんなことはあり得ない。自分はノーマルなのだから。

 でも──と芽以子は思う。

「ティアラ、キライよ……」

「えぇ!?」

 とつぜんキライ発言をされて、ティアラは慌てる。

「いやあの、それはあれですわよね? キライキライもスキのうちって……」

「イイエ。ダイキライデス」

「な、なぜですの!?」

「だって!」

 自分の語気が荒くなっていることに気づいた芽以子は、ぐっと一呼吸を置く。ドキドキしている胸に大きな空気の塊を一ついれると、押し殺した声でいった。

「アガレットに向けたようなあんな笑顔、わたしには向けないじゃない……!」

 ティアラはあっけにとられた表情になる。それからふいと顔を背けると、クスクスと笑い出した。

「何がおかしいのよッ」

「……だって……」

 ティアラの笑いは徐々に膨らんでくる。

「おかしいんじゃなくて……うれしいなって……」

「わたし怒ってるのよ!?」

「怒ってないっていったじゃないですか」

「怒ってないけど怒ってるの!」

 自分でも言動の矛盾は分かっているのだが、もはや、イライラの膨張はとどまることを知らない。こんなに腹立たしいのなら、会話を打ち切ってこの場をさればいいのに、どうしてかそれもできない。

 ティアラはひときしり笑い終えると、芽以子とは打って変わって晴れやかな顔でいってくる。

「それはわたくしが、女だからですわ」

「オンナっていえるほどの歳でもないでしょッ」

「あら。そんなことないですわよ」

 いうがいなやティアラは、ぽふんと芽以子に抱きついてくる。

 ティアラの柔らかい体温が伝わってきた。

「すぐくっつくな!」

「ただのスキンシップですわよ」

 抱きつきながら、ティアラは芽以子を見上げる。こんな小さな少女に翻弄される自分が本当にいらだたしい。

「わたくしの大切な人と、わたくしが愛している人とでは、向ける顔はもちろん違いますわ」

 ほほを朱色に赤らめながらも、ティアラはゆったりと微笑む。

「ちなみに、いまこの顔は、芽以子さまだけのものですから」

 芽以子は耳まで真っ赤になった。

「そもそも女の子に向ける顔じゃないでしょ!?」

「しょうがないじゃないですか。わたくしの好きなのは芽以子さまなんだから」

 あっさりいってのけるティアラに、芽以子は二の句が継げなくなる。頭の中は、何百本もの配線が大混線状態で、ところどころショートして黒い煙を上げていた。

 わたしが男ならよかったのに──などと考え始めているあたり、錯乱もいよいよ極まっている。

 ティアラがいった。

「でも、ありがとう」

 そういうと、芽以子の胸に顔を埋める。

「久しぶりにアガレットと話せました。ほんとは、避けてたんです。ここ数年ずっと。アガレットとの話し方を忘れていました」

 長い時を過ごしていれば、きっといろいろあるのだろう。それはきっと、家族のように。

 そっか。

 ティアラとアガレット、その家族の中に入れなくて、見えない絆の中に入れなくて、わたしはずっと不安だったんだ。この世界に来てからずっと。

 きっとそうだ。

「アガレットと話して、はっきり分かりました。わたくしが何をすべきなのか、何をしたいのか」

 芽以子を抱きしめるティアラの腕に力がこもる。

「わたくしは、わたくしの隣にいる大切な人を守ります。ぜったいに」

 ティアラは芽以子からそっと離れる。そして芽以子の手を取ると、力強くいった。

「芽以子さまの不安は、わたくしが引き受けます」

 不意打ちのその言葉に、きゅっと目頭が熱くなる。

「勇者様でも大魔導士でもないわたくしに、どこまでできるのかは分からないけれど、でも、これだけは誓えます」

 ティアラの瞳は、優しい強さに満ちている。きっといつだって。

「あなたをひとりにはさせません。けっして」

 まだ大丈夫だと思っていたのに、瞳からぽろりと涙がこぼれた。指先で慌てて拭ったが間に合わなかった。

 芽以子は顔を背ける。なんとか紡ぎ出したその台詞もわずかに震えていた。

「そんなこといって、わたしの気を引こうとしたって……無駄なんだから……」

「あらら。また失敗しちゃいましたか。たいていの女の子なら、こんな感じで落とせるんですけど」

「あなたいったい、どんだけ口説いてるのよッ」

「ウソですわよ。わたくしが告白したのは芽以子さまだけです」

「そんなの信じられるわけないでしょ」

「なら証拠、見せましょうか?」

 百合のスカートをヒラヒラさせるティアラ。芽以子は真っ赤になった。

「けっこーです!」

「あら、ざんねん」

 ころころと笑う彼女を見ながら芽以子は思った。

 ティアラはどうしてこんなに強いのだろう?

 何を信じれば、こんなにも強くいられるのだろう。その信念が、彼女をどこまでも強くする。

 どんな逆境にも負けないその強さが、芽以子は欲しいと思う。

 いま、強烈に。

「さぁ、そろそろ行きましょうか、芽以子さま」

「──うん」

「すべてに決着をつけたら、芽以子さまとわたくしのヴァージンロードが待ってますわ」

「待ってないわよ!」

「だいじょうぶ。アガレットはもう分かってくれています。父親役として腕を組んでくれますわ」

「だからそういういじめはやめなさいって!」

 今日は、王連国際会議。この日をもって、世界はいよいよ対魔族戦に向けて大きく舵を取ることになる。勇者たる芽以子を(いただ)いて。

 史上二度目となる、世界大戦の始まりだった。

 そして、芽以子がつぶやく。

「警報?」

 ふたりが手を取って控え室から出たその直後、その警報は聞こえてきた。

 ウウゥゥゥ────────────!

 警報はどんどん大きくなり、犬の遠吠えのように、長く遠く、そして何遍も響き渡る。王都ウルパックにあまねく。

「ティアラ……これって……」

 ティアラの顔を見る。彼女は目を見開いていた。

「……そんな、まさか……襲撃……?」

 鳴り響く警報で、城内に緊張が一気に広がる。

 

 

 いままさに戦いの狼煙を上げようとしていた人類に対し、魔族はすでに決戦の火ぶたを切っていた。