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メタっ娘

chapter4-4 金髪少女の浴衣姿は、お好きですか?

 ヨーロッパ風のこの国に、なぜ浴衣があるのだろう?

 たぶんアイツの趣味なんだろうと思って芽以子はげんなりした。

 ティアラとアガレットは、浴衣を着てから祭りに繰り出した。ティアラは白地にピンクの朝顔が描かれた浴衣を着て、アガレットは黒地にブルーのスイレン。圧倒的な美形を誇る二人組に、道行く人は男を問わず老若男女誰もが目を止めていた。声をかけてくる男連中は後を絶えないし、家族連れだというのに振り返るお父さんは、いま、お母さんに耳たぶを引っ張られたところだった。

(あの中に混じらなくてよかったわ……)

 白地のTシャツにクリーム色のハーフパンツを着た芽以子は内心つぶやく。ティアラとアガレットが両隣に並ばれては、ハリウッドスター二人に一般人が取り囲まれるようなものだった。

 ティアラとアガレット、そしてそのあとを追う芽以子は、ウルパックの中心地・カリーヌ通りを歩いていた。ウルパック王立港から一直線に伸びる大通りで、王立公園や美術館などのいくつかの観光スポット結んで凱旋門が終着点となり、王城へ伸びる中央通りへと接続する。ウルパック市最大の歓楽街であり、観光スポットでもある。

 片側三車線の車道の中央には運河が施設されて、お堀から海へと繋がっていた。歩道もタイル張りで、等間隔に街灯と街路樹が設置されている。

 今日はお祭りとあって、この広大な大通りは歩行者天国になっていた。カリーヌ通り沿いに隙間なく屋台が並び、車道は人で埋め尽くされている。焼きそばを食べたりお面をかぶったりしながらみんな楽しそうに行き来している。

 こんな楽しげなムードの中で、美少女二人をつけ回して何をやっているのか……と少し悲しくもなってくる芽以子だったが、アガレットに任せっぱなしではなんの進展もないまま帰ってくることだろう。そして芽以子は、今夜、ティアラと二度目のベッドインだ。

 このイベントで、なんとしても二人の中を発展、もしくは改善させねば、芽以子は明朝にオトナの階段上っていること必至である。 

 だというにもかかわらず、アガレットのふがいなさときたら……

「あっちに行ってみましょう」とか「わたくし、チョコバナナが食べたいですわ」とか「賑やかですね」とか。ふたりの会話といったらまったくもって事務的極まりない。よくよく思い出してみれば、この旅路でふたりが会話を弾ませていたことなどそもそも記憶にない。

 ちなみに二人の会話は、アガレットが密かに展開している風属性(ヴァーユ)の魔導術で芽以子も聞くことができる。芽以子にのぞき趣味があるわけではなく、アガレットたっての頼みだった。

 いわく、殿下とふたりっきりだと何をしゃべっていいのか分からない。

 芽以子は、先日受け取ったばかりの通話器に向かって叫んでいた。

「アガレット! ちょっとは会話しなさいよ! もう一〇分間も黙ったまんまよ!?」

『し、しかし、会話といっても……』

 アガレットの困惑した声が聞こえてくる。ちなみに、芽以子は通話器に向かって話しているが、アガレットはそういった端末を使わず口すら動かしていない。彼女はなんと念話で──つまり自分が考えたことをダイレクトに、芽以子の頭の中に飛ばしている。もちろん、芽以子の声はアガレットの頭の中だけに流れている。

 これによって、ティアラには気づかれることなくアガレットにアドバイスを送ることができる未来アイテムなのだが……

 芽以子が通話器に向かって怒鳴り散らす。

「なんでもいいのよ! 夕暮れが綺麗だねとか賑わってますねとか、なんでもいいから会話続けなさいよ!」

 アガレットは素直に従った。

「──で、殿下? 夕暮れが綺麗ですね」

「そうですわね」

 電話で伝えたことをなんのひねりもなくしゃべるアガレットと、これまたなんの関心もよせないティアラ。これほどつまらなそうに祭りに参加している人間もめずらしい。

『め、芽以子さま!』

 泣きすがるようなアガレットの声が頭の中に響く。芽以子は「はぁ」とため息をついた。

 アガレットもアガレットだがティアラもティアラだ。終始あんなぶっきらぼうな態度をとられては、誰だって会話に詰まる。

 なんとかティアラの興味関心を引く話題はないだろうか……芽以子は周囲を見回す。ふと射的の屋台が目にとまった。芽以子は通話器に向かって話す。

「いい? わたしのいったとおりに話しなさいよ──ティアラ様、射的でもいかがですか?」

 アガレットが続けた。

「ティ、ティアラ様。射的でもいかがですか?」

「別にやりたくありませんわ」

 芽以子が切り返す。

「それじゃあ金魚すくいでもどうですか?」

 アガレットがそのまましゃべる。

「それでは金魚すくいでもどうですか?」

「かわいそうじゃない金魚」

 芽以子はなおも食い下がる。

「ならチョコバナナでも食べませんか?」

 アガレットは三度真似る。

「ならチョコバナナでも召し上がりませんか?」

「さっき食べたじゃない」

「……………………」

 芽以子の頬がピクピクと引きつった。

(なんなのその態度は!)

 普段の、芽以子に対するティアラの態度とはまるで別人である。アガレット越しに、自分もぞんざいな扱いを受けているような錯覚に陥った芽以子は、その場で地団駄を踏んだ。自分だったらソッコー張り倒している。

 ティアラがあんな態度では、芽以子だって会話を弾ませることなどできない。デートも何もあったものではなかった。

「──さて、と」

 ティアラは、初夏の風になびくブロンドを押さえた。

「一通り見て回りましたし、そろそろ王城にもどりましょうか」

「え?」「え?」

 芽以子とアガレットの声が重なる。アガレットは真似たわけではないようだが。

 芽以子は通話器に向かって慌てていった。

「引き留めて!」

『…………』

 アガレットの応答はなかった。その代わりに、アガレットがティアラにいった。

「そうですね。日も暮れますし、そろそろ戻りましょうか……」

「ちょっ! ちょっとアガレット!?」

『芽以子さま……』

 アガレットの沈痛な声が頭に響く。

『自分には、無理です……』

 あ。泣きそう。

 芽以子がこれ以上何かいえば、本当にその場で泣き出しそうな気配だった。そんなことになれば、ティアラのことだからそれこそ愛想を尽かすに違いない。

 アガレットはぎこちない笑みを作ってティアラにいった。

「今日は、わざわざお付き合い頂きありがとうございました」

「いいのよ別に。芽以子さまの頼みでもあったし。あなたと出かけるのも久しぶりだったしね」

 そのティアラの台詞は、芽以子の中で引っかかる。

「アガレット! ティアラと出かけるのが久しぶりってどういうこと!?」

『え……? それはその、自分と殿下は、幼少のころから魔導術の鍛錬に明け暮れておりましたので、こういった催し物はあまり参加したことがないのです』

 意外だったが納得もいった。ティアラやアガレットの強さもそれなら分かるし、アガレットのこの不器用さも、ティアラの芽以子に対するあの異常なまでのはしゃぎぶりも、なのにアガレットに対するこのテンションの低さも。

 藁をもすがる想いの芽以子はそのとき、脳裏で一房の藁を見た。

「アガレット! ティアラと最後に遊んだのはいつ!?」

『ええと……殿下が初等部にご入学される直前だったでしょうか。ご入学のお祝いにと、お忍びで、セントクリスファーの祭りに出かけまして。これほどの規模ではなかったですが』

「なるほど……じゃあわたしの言葉に続けて!」

 アガレットの説明もそこそこに、芽以子はティアラに向かって会話を切り出した。

「ティアラと最後に遊んだのはいつだったでしょうか」

「ティ……殿下と最後に遊んだのはいつだったでしょうか」

「え?」

 斜め前をトコトコ歩いていたティアラが振り返る。

「……そういえば、こんな祭りの時でしたわね。セントクリスファーの」

 覚えている! 芽以子は拳を握りしめる。

「アガレット! 何でもいい! その祭りの時のティアラの様子を話して!」

 芽以子の指示に戸惑いながらもアガレットは話し始める。

「あの日もチョコバナナ、召し上がっていましたよね」

「ええまぁ。フルーツにチョコをコーティングするなんて驚きでしたし」

「殿下は甘いものに目がありませんからね、昔から」

「アガレットは、なかなか食べさせてくれなかったじゃない」

「それはその、糖分の摂取しすぎは体によくありませんし。その分、お祭りのときは目を瞑っていたじゃないですか」

「おかげで、途中から気持ち悪くなってしまいましたわ」

「ここぞとばかりに食べ過ぎるから……」

 思い出話なら、嫌が追うにも話が展開するはずと読んだ芽以子は、ふたりの背後でガッツポーズをとる。会話が弾む、とまではいかないものの、ようやく進展が見えてきた。

 この辺で、少し強引でももう一歩進展させなければ。

 アガレットたちの会話が聞こえて来る。

「でも、殿下が楽しまれていたようで何よりでした」

「まぁ、お祭りに出たのは初めてだったし」

 芽以子が、通話器に向かって次の台詞を指示する。

「今日、わたしと一緒にいるのは楽しくなかったですか?」

 ごくり……と芽以子の喉がなる。彼女が話すまでのいっときが、ずいぶん長く感じた。

 アガレットが口を開く。

「今日……自分と一緒にいるのは、楽しくなかったですか?」

「え……?」

 ティアラの歩みが止まる。大きなアーチ状の掛け橋の上で、二人は見つめ合った。

 掛け橋には、はしゃいで駆け抜けていく子供たち。橋の下には、ゆったりと進んで行く遊覧船。夕日は沈みきって、東の空から星が現れていた。

「……別に、楽しくなかったわけではないですわ」

 戸惑いながら、そう答えるティアラ。芽以子はそのとき確信した。

「アガレット! ティアラの態度が冷たいのは、あなたを嫌いだからじゃないわ!」

『え……?』

「ティアラも緊張してるのよ! あのコも何をしゃべっていいのか分からないの!」

『まさか、殿下が?』

「もーーー! あんたたちってなんでそんなにニブイの!? いいから、橋の淵によって星でも眺めながら思い出話を続けなさい! なんでもいいから思い出話を!」

 緊張しているということは、ティアラもアガレットを意識しているということに他ならない。好きになるか嫌いになるかは、あとはキッカケ次第だ。

 アガレットは、芽以子の指示に戸惑いながらも、アンティーク煉瓦製の掛け橋の淵に手を置いて、いわれたとおりに星を見上げる。

 星空は、徐々に広がっていた。

 こういうバカ正直なところは可愛いな、と芽以子は思う。

「自分もあの祭りは楽しかったです」

「そうね。家族で出かけたのは、あれが初めてで最後でしたね」

 自分たちの横を歩いて行く家族連れを見ながらティアラはいった。王族ともなれば、プライベートの家族旅行などできないのだろう。

「──前から聞きたかったのですが」

 アガレットは向き直ると、いままでの困り顔はなりを潜めていつもの真剣な表情に戻っていた。

「どうして殿下は、戦闘訓練を受けたのです。そうしなければ、初等部で友達も作れたでしょうし、もっと楽しい幼少時をお過ごしになられたはずです」

「世界の危機なんですよ。もう、わたくしたちが生まれる前から、魔王復活は分かっていたのです。それを、王族のわたくしたちが、のほほんと遊んでいられるわけないじゃないですか」

「ですが、セントクリスファー王家のお役目は、勇者さまを召還することです。そのための鍛錬なら、殿下は十分に励まれていたではありませんか。それに加えてどうして戦闘訓練など」

「何かしたかったんですのよ。それだけです」

 ティアラはアガレットの横に並ぶと、星空を見上げる。

「魔族がわたくしたちを蹂躙するというのなら、わたくしは戦います。不当に踏みにじられることをよしとはしません」

 強い意志が秘められているその台詞に、芽以子は後ろめたさを感じる。もちろん、そんな必要はないのだが、一つ下の女の子が、世界の命運をかけてひとり戦ってきたことに、どうしようもない引け目を感じた。

 世界の命運なんて、芽以子は考えたこともなかった。株価がさがったり税金があがったり、世界中でいろんな戦いが起こっていても、それはすべてテレビの中の出来事だった。どこかの偉い大人たちがなんかするものだと思っていた。

 世界の命運より、休み明けの模試のほうがずっと重要だったのだから。

 アガレットがいった。

「──ですが、ここまでです」

 ティアラに向き直ると、アガレットはいつもの生真面目な面持ちでそう告げる。

「殿下は、明後日の会議に出席されたあとは、セントクリスファーにお帰りください」

「帰れ、といわれて帰ると思ってますの?」

「今後は、王連軍が組織されるでしょう。そうすれば、芽以子さまの身の安全は保障されます。殿下の力は不要です」

(ああ、もう──!)

 芽以子は手のひらで額を押さえる。どうしてこう、アガレットはいつも実務的な話しかできないのか。しかも常にティアラと対立している。こんな話はあとですればいいことで、いまこの場ではもっと楽しい話題にするべきだというのに。

 ティアラがいい返す。

「王連軍の中に、裏切り者がいないとも限らないでしょう? 最後の最後に芽以子さまを守れるのはわたくしです」

 ティアラとアガレットが向かい合う。アガレットは、ティアラの頭一つ分以上あるので、ティアラはアガレットを見上げる格好だ。だが、身長の差などまるで関係ない。ティアラの迫力に、アガレットは気圧されている。

「王位継承者を戦場に送り出すなど前代未聞です!」

「前例など関係ありません」

 ティアラはぴしゃりといい放つ。

「間違いなく、最後の決戦は芽以子さまと、そしてあなたが挑むことになるでしょう。そのとき、あなたたちの背中を誰が守れるというのです」

「ですからそれは王連軍が──」

「信頼もしていない烏合の衆に、背中を任せられるのですか?」

「…………」

 アガレットは沈黙する。ティアラが続けた。

「この戦いで──」

 視線を再び夜空に向けて、彼女は独り言のように話す。

「この戦いで、たくさんの命が失われるでしょう。わたくしにその運命を防ぐことはできません。ですが──」

 ティアラは毅然としていい放つ。

「いま、わたくしの目の前にいるあなたを守ることはできます」

「……え?」

 夜空に大きく花火が上がった。橋の上の観衆は皆足を止めて空を見上げる。盛大な歓声が沸き起こった。

「そしてわたくしにしか、あなたを守ることはできません。そのために、わたくしは力を身につけたのです」

 花火の光に彩られたティアラの横顔を、アガレットはじっと見ていた。

「同じ過ちは繰り返させません。あなたも、芽以子さまも、わたくしが必ず生還させてみせます。ですからあなたは──」

 ふたたびアガレットを見たティアラの笑顔は、芽以子も見たことのない柔らかな笑顔だった。

「あなたは、その強大な力で、できるかぎり多くの人を救いなさい。それがあなたの使命です」

 夜空に花火が次々と咲き誇る。体に当たる重低音と、運河にそって流れくる潮の香り。観衆は皆架け橋の縁に詰め寄って、百花繚乱の花火を見上げていた。

 たくさんの笑顔と喜びの声。みんな、さまざまな不安を抱えながら、それでも今日は笑っている。大切な人と一緒に。

 ふっと。

 アガレットの顔がティアラに向かって。

 二つの唇が触れていた。

「──え?」

 芽以子の声がこぼれる。みんな花火に見入っていて、その口づけに気づいたのは芽以子だけだった。

 そして次の瞬間には、ティアラとアガレットはもう離れていた。

「…………」

 ティアラは、ぽかんとしてアガレットを見上げていた。

「も……申し訳ありません!」

 開口一番アガレットはそういうと、猛ダッシュで去っていく。

 あとはただ、夜祭りの中に、ティアラと芽以子だけが取り残されていた。