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メタっ娘

chapter4-2 魔力はクリーンエネルギー?

 アリゼール王国には、魔導王国という異名もある。魔導術の始祖・大魔導士エイブラハムの直系が直接興した国であり、西の大陸でもっとも歴史が古く、魔導術が発達し、そしてもっとも栄えている国だ。

 この世界(ニカ)は、東西にふたつの大陸があり、そして北限に『氷の死地』と呼ばれる大陸、計三つの大陸からなる。氷の死地はかつて魔王が倒された場所であり、そしていま復活せんとする土地である。また、北限と地続きである東の大陸には国交がない。北限と地続きであるが故に魔族が 跋扈(ばっこ)しており、人類はいないのではないかといわれている。

 だから事実上、魔導王国アリゼールは世界最大の王立国家であり、経済・政治を始め、あらゆる活動はアリゼールを中心に回っているといっても過言ではなかった。

 国土は約二〇〇〇万平方キロメートルと広大で、西の大陸の五分の一に相当する。これほどの広大な国土をひとつの王族が統治するのは無理があるので、アリゼールは厳密にいうと、六つの王国と一〇三つの州から構成される連合王国だった。

 そして、世界最大国家の首都がここウルパック。アリゼール王国の南東に位置し、これまた世界最大のウルパック王立港を有している。人口は約一〇〇〇万人。三八の区から構成されており、その中心地には行政府を兼ねるウルパック城がそびえていた。

 芽以子たちはいま、黒塗りの車でウルパック城に向かっている。

「いやはや……ティアラたちってほんとに王族なのね」

 芽以子は、革張りのシートを手のひらで撫でながらしげしげとつぶやいた。

 全長が、一般車両の二倍はある自動車の車内はお見合い席で、芽以子とティアラ、向かいにアガレットが座っている。もちろん、向かい合う人間の足がぶつかるなどということはない。足を組んでも十二分にスペースが確保されているし、フッドレストもついている。

 幅の広い肘掛け部にはテーブルとドリンクホルダーがセットされ、シャンパングラスにはオンレンジジュースが注がれていた。

「こんな豪華な車なんて、自分の世界でも乗ったことがないわよ」

 マジックミラー越しに外を見ても、同じような高級車は見受けられない。王族専用なのだろう。

 ティアラが、シャンパングラスを慣れた手つきで傾けながら聞いてくる。

「芽以子さまたちの世界には、魔導車はないんですの?」

「車はあるし、こういう高級車もあるにはあるけど……ははん、この車、ガソリンじゃなくて魔力で動いてるってわけか」

 魔導車という単語で、芽以子はぴんと来た。

「なんとなく分かってきたわよ。ニカって世界の設定が」

 ひとり納得する芽以子を見て、ティアラとアガレット目を合わせてぱちくりと瞬きを一つ。

「つまり魔力ってのは、わたしの世界の電力とイコールってわけね。この車、ずいぶんと静かだと思ったら、電動自動車みたいなものか。ほかの車もみんな魔力式なわけ?」

「え? ええはい、みんな魔力で動いています」

「なるほどね。昨日ちょっと街を見て回ったとき、ずいぶん綺麗だなと思ったけどそういうことか」

 建物の外壁などには排気ガス特有の黒ずみが一切ないし、空気はきわめて新鮮だった。これほどの車が行き来しているというのに、大通りに出ても、むせ返るほどの排気ガスは微塵(みじん)もない。とくにバスなどの大型車両を見れば一目瞭然だった。しかも非常に静かで、大型車両ですらスッとなめらかに発車していた。

 見た目は非常にクラシカルで、モノクロ映画に登場するかのような形状だ。外装は、妙にころころ丸いくせに、空気抵抗はさほど考慮されていない。なんといっても丸目のライトが特徴的だ。塗装は黒や茶色がほとんど。市中の魔導車は大半が量産型なのか、似かよった車がそこかしこを走っていた。

 しかし内部の技術力は地球より一歩進んでいる。魔力というクリーンエネルギーのおかげなのだろう。名前は物騒だが。

 芽以子は、自分の世界の自動車について二人に説明する。少しオーバーに聞こえたようで、ティアラは口元を押さえていった。

「なるほど……。芽以子さまの世界でも大変なんですね」

「わたしの世界でも? こっちのほうは、問題ないように見えるけど」

 芽以子は窓の外を見た。たくさんの車が行き来していても、その向こうの歩道には、子供たちがはしゃいで駆け回ったり、妊婦が歩いていたり、老人がひょこひょこと散歩をしている。ウルパックの街並みを構成する赤煉瓦の壁面も非常に綺麗だ。古くとも、年期の入った趣が感じられる。排気ガスまみれだとこうはいかない。

 排気ガスがないだけで、こんなにも綺麗な街になるのかと芽以子は考えていた。

「魔導術の商用利用が始まった百年ほど前はまだ分からなかったのですが、ここ十数年の研究で、魔導術には致命的な問題があることが分かってきたのです」

「……へぇ? 二酸化炭素をまき散らすとかそういうこと?」

「空気汚染されることはありませんが……。その……魔族が増えるようなのです」

「え?」

「国際魔導術機構でも議論が分かれるところなのですが、統計情報だけみると、魔導術が普及するにつれ魔族の出現率もアップしています。とくに、魔導術の商用利用が一気に進んだ近年は、魔族による被害も激増しています。そもそもの魔族の成り立ちから考えても、魔導術の使用回数が増えると魔族も増えるという理論はそれなりに的を射てまして」

「成り立ちって……魔族はどこから生まれているの?」

「魔力の中から、です」

 その理論は単純なものだった。魔力は使うほどに活性化する性質があるという。そして魔力が活性化することで、魔力から生まれる魔族の数は増えてしまう。

 ごく初期の、部屋を明るくするなどの利用程度ならたかがしれていたのだが、ここ十数年の爆発的な魔力使用に伴って、魔族増加という公害が出てしまった。王都などの強固な警備体制が敷かれている都市部はいいが、地方にいくほどに魔族による被害が増えているという。

 どうしてそんなキケンなものを使おうとしたの? と芽以子は問いかけてやめた。そして別の台詞を口にする。

「じゃあ魔導術の利用なんてやめればいいじゃない、というわけにもいかないんでしょうね」

「さすが芽以子さま、その通りです」

 この世界(ニカ)が地球になぞらえてできているのだとしたら、自分自身を考えれば明々白々だった。

 電力にもいろいろ問題がある。だからもう電化製品を使うのはやめましょう──などできるわけがないのだから。

「そうだ、芽以子さま」

 仕切り直しといったように、ティアラは両手をパンと合わせる。そしてハンドバッグの中から、手のひらサイズの黒い物体を取り出した。

「お渡しするのをすっかり忘れておりましたが、この通話器をお持ちください。これを使えば、離れていてもわたくしたちと連絡を取ることができます」

 芽以子はその黒い物体を受け取る。物体も何も、あからさまに携帯電話だった。

「これが通話器と呼ばれる魔導器です。ちなみに魔導車も魔導器の一つです。魔導器の中には、術式を込めたクリスタルが埋め込まれています」

 クリスタルと呼ばれる鉱石に魔力が内在していることが発見されて、そこに術式を埋め込むことにより魔導が発動することが分かった。魔導術の商用利用はそこから始まって、この百年ほどは一般庶民も広く魔導術の恩恵にあずかることができるようになる。

 ティアラが続けた。

「今後は、昨日のように別行動するようなこともあるでしょうから、お持ちになってください。ちなみに使い方は──」

「あー、いい、いい。知ってる。ティアラとアガレットの番号教えて。な・ぜ・か、日本語表示だし」

 芽以子は慣れた手つきで番号登録を済ませる。

「すごいですね芽以子さま。わたくしなんて、理解するのに一週間もかかりましたのよ?」

「ティアラはこういうの苦手そうだもんねぇ」

「ええ……どうもこの魔導器というものにはなじめません。わたくしたち王族は、なまじ生身で魔導術が使えますからなおさらです。いろんなボタンを押すくらいなら、術式を錬成させたほうがよっぽどラクですわ」

ティアラは芽以子に手渡した通話器に視線を落としながらぶつぶつ文句をいう。ちなみにティアラとアガレットは通話器を使わないそうだ。簡単な術式ひとつで通話が可能なのだから。

 芽以子は苦笑しながらいった。

「そんなんじゃパソコンとかも……ええと、こっちではなんていうのかしら? このくらいの箱の中で、いろんな情報を見たり聞いたり、はたまた自分が書いた文章とか絵を送りだしたりする箱ってない?」

「魔導演算器のことですね。いま手元にはありませんが、わたくしたちは術式によって同じ機能(ファンクション)を使うことができます」

 ティアラはごく簡単に呪文を唱えると、彼女の手前にパッと方陣が展開されて、数秒後にはそれが十五インチ程度のモニターに変わる。

 空中に半透明のモニターが浮かぶ様はSF映画のようだった。魔導車といい、こういうワザを見せられると、異世界(ニカ)のテクノロジーのほうが数十年ほど進んでいるように思える。

風属性(ヴァーユ)の術式で、様々な情報を受発信することができます。いまお渡しした通話器と同じ原理です。魔導演算器ができてからは、様々な演算器同士が繋がって、これを魔導演算網と呼んでいますが、そこの情報はここ数年で幾何級数的に増えましたね」

「へぇ、ちょっと見せて」

 モニターに触れることで操作するタブレットタイプのようだ。浮かんでいるので手が疲れることもない。芽以子は一見してだいたいの操作を把握すると、ニヤリと笑い『お気に入り』というアイコンに触れた。

「あ……」

 ティアラが声を漏らす。まさか芽以子が操作できるなどとは思ってもいなかったのだろう。ポンっという効果音とともに、モニターから何かが飛び出してくる。

 どうやら立体映像のようだ。さすがにこの効果は芽以子も予想しておらず度肝を抜かれた。広い車内とはいえ、何十体もの物体が出てきては収まりきらない。しかし、あくまでも映像なので押しつぶされることはなかった。

 が、出てきたその物体が問題だ。

 何しろ何十人もの女の子なのだから。

 立体映像の水着姿の女の子たちは車内にはおさまりきらず、透過して車外にまで映し出される。王族が乗っているはずの黒塗り高級車は、突如としてキャバレーか何かの宣伝カーに変貌した。

 水着姿なのがせめてもの救いだった。ヌードではなく。

 ティアラは悪びれた様子もなく、あからさまに意図的な恥じらいのポーズを作ってみせる。

「きゃっ」

「『きゃっ』じゃない! 早く消してよ恥ずかしい!」

「殿下!? なんなのですかこれは!?」

「何って、わたくしのお気に入りの女の子たちですわ」

 ティアラはいけしゃあしゃあといってのける。お気に入りたちをモニターの中にしまいながら。

 アガレットがいった。

「夜遅くまで何をやられているのかと思ったら、こんないかがわしい情報を収集されていたのですか!」

「なによ。いいじゃないこのくらい。わたくしだって健全な十五歳の女の子なんですから」

「あんたが水着姿の女性を眺めるのは不健全よ!」

「とにかく殿下! 殿下は今後、演算術は使用禁止です!」

「な!?」

「自分が、演算網への接触を、ありとあらゆる手段を用いて一切合切すべて遮断しますから!」

「ちょっ! 冗談でしょうアガレット!?」

 魔導術関連では、アガレットのほうが圧倒的に上手なのだろう。アガレットが本気で禁止するといえば、ティアラは為す術がないらしい。

「あなたいったいなんの権限があって、わたくしの魔導術に制限をかけるというの!?」

「そもそも、このようないかがわしい情報に接触するのは、殿下の年齢ではIMOが定める国際条例違反です。それでも権限が必要だというのなら、いますぐに、陛下の許可をとりますが?」

 つまり父親にチクるぞ、とアガレットはいっている。

 ティアラは二の句が継げず、彼女にしては珍しいくらいに顔を引きつらせていた。

 お気に入りの女の子たちを見られなくなることが、相当イヤらしい。

「もちろん、すべての演算網を遮断するとはいいません。勉学の際にも演算術は必要でしょうから、そういうときは自分が立ち会いますので、そのときに──」

「ちょっとちょっと! アガレット!」

 芽以子がアガレットを制止する。ティアラは、かほそい体をプルプル震わせて本気で涙目になっていた。あんた思春期男子か!? と突っ込みたくなる気持ちを抑えてアガレットを自分の耳元にぐいっとひっぱる。

 アガレットの耳元で囁く。

(あなた、そういうことばっかやってるからティアラに煙たがられるのよ!)

(し……しかし自分は……)

(水着の姉ちゃんくらい許してあげなさい! きょうび、コンビニや書店に溢れてるっつーの!)

(芽以子さまの国は、すいぶんいかがわしいのですね……)

(話を逸らすな! いいわね? ナントカ術を禁止するのはナシよ!?)

 手早く説得を済ませると、アガレットを席に戻す。芽以子がいった。

「ティアラ、アガレット説得したから。いまのは見なかったことにするって」

「……え?」

 ぐずぐずしているティアラが顔をあげる。涙目の彼女を見ると、泣いている小さな女の子を思わず抱きしめてしまいたくなるのと同じような衝動に駆られる。あまりにも可愛らしく、彼女の回りがきらきらと輝いているようだった。

 涙の理由を考えなければ、だが。

「だから、ナントカ術禁止ってのはナシってことで。いいのよね、アガレット?」

 アガレットはしぶしぶといった感じでうなずいた。

 ティアラの顔がものの見事にぱぁぁっと晴れ渡る。

「芽以子さま、すごいです!」

 ティアラは芽以子に抱きついてきた。肘掛けのドリンクホルダーに置かれたシャンパングラスが危うく倒れそうになる。

「このアガレットをどうやって説得したんですか!? いい出したらテコでも動かない人間ですのに!」

「いやまぁ、わたしのせいでネット禁止ってのも寝覚めが悪いし。アガレットだってそんないつもお堅いわけじゃないのよ」

 なぜか、好意の矛先がこちらに向いている。芽以子はなんとかフォローしようとするが焼け石に水だった。

「芽以子さま大好きです! わたくしのことをいちばん理解してくれてるんですね!」

「いやそのあのね……」

 ジド〜〜〜っと。アガレットの険悪な視線が突き刺さる。こんな視線を向けておいて「殿下は恋愛対象ではない」などとよくいったものだ。

(はぁもぅ……なんなのこの三角関係は……)

 芽以子が、ティアラとアガレットの仲を取り持とうと思ったのにはワケがある。

 原因は、一週間の船旅だ。

 百人の搭乗員がいても、それ以上に広い帆船は死角となるスペースも多い。しかもけっきょくのところ船とは密室に他ならない。海上にいる以上、逃げ場はどこにもないのだ。

 それはもう、芽以子はティアラから身を守るのに必死だった。

 それは事ある毎に──食事では間違ったといって芽以子のドリンクを飲むし、大浴場は無防備すぎるので部屋の狭いシャワーだし、寝室の鍵は夜中カチャカチャと鍵穴から音が聞こえてくるし、そのたびにアガレットの怒号が鳴り響く毎日だったのである。

 いくらたしなめても脅しても無駄なのだ。なぜならティアラの戦闘能力の高さを様々と見せつけられたのだから。

 芽以子には、二つの弱みがある。

 一つ目は、彼女には腕力ではまったくもってかなわないこと。鉄線を使用しなくとも、そもそもティアラは素手でも十二分に強い。アガレットのほうがよっぽど強そうに見えるのだが、自分でいうだけあって接近戦で彼女はまったく役に立たなかった。

 ティアラのあの華奢な体から、人体をいともあっさり組み伏せる力などどこから出てくるのか、業のキレなのか魔導術なのかは分からないがとにかく達人級で、厳しい訓練を積みに積み重ねなければ本来ああはならないはずなのだが、本人はいたってぽやんとしている。才能とは恐ろしい……と芽以子は、天才と凡人の格差をこれほど実感したことはかつてない。

  第二に、彼女の強さは打倒魔王に必須である。魔王の恐ろしさをいきなり身骨身に染みてしまった芽以子としては、戦力が強力であることにこしたことはない。だからティアラを仲間から切り離すことがどうしてもできないのだ。

 帆船の衛兵に聞いた話によると、この二人は世界でもトップクラス、どころか桁違い、というよりも規格外だそうだ。ハイクラスの魔導士たちでも、たった二人ではあの魔族の大群で死んでいた──と彼は身震いしながらも二人に心酔しきっていた。ティアラとアガレットがいれば、ちょっとした国ならたやすく征服できるという。

 あの火力に、近接戦闘の無敵ぶりである。さまざまと見た芽以子も納得せざるをえない。

 どおりで、セントクリスファーの衛兵がだらしないわけだ。とどのつまりアイドルグループの追っかけのようなもので、ようはティアラとアガレットにおんぶにだっこなのだ。

 そんなわけで、旅路についてからこっち、まったくもって主導権をティアラに握られてしまっている。

 魔王のことを考えるだけで頭が痛いというのに、身近にはティアラという貞操の危機まである。とにかく芽以子は、魔王を倒す算段をなんとか考えなければならないわけで、ティアラに脳内の大部分を埋め尽くされる現状は早急に打破する必要がある。

 そこでひらめいたのが、アガレット。彼女だ。

 もう旅の初日から分かっていたことだが、アガレットはティアラと同好の士である。それは間違いない。念のため、昨日のカフェテリアでカマをかけたわけだが、案の定、彼女は乗ってきた。

 だったら話は簡単で、あとはティアラの矛先をアガレットに向けさせればいい。どうせティアラは、『異国風の女勇者さま』に憧れているだけだ。だったら、それを長年連れ添ってきたアガレットに向けさせるのはさほど難しくないはずだ。

 アガレットは、見た目に関しては文句なしでいいのだ。身長も高いし体つきもスレンダーで、男装の麗人といった出で立ちである。芽以子の女子校にきたらモテまくること間違いない。

 ミーハーなティアラが、アガレットに好意を抱かないわけがない、本来なら。さきほどの立体映像を見ても、ティアラの好みはてんでバラバラである。つまりは節操がない。

 幼少のころからの付き合いだというから、いつだかの時期にこのお堅い性格に幻滅してしまったに違いない。

 この時計の針をもう一度戻すことができれば。

 女の子なんて、好意を寄せられればたいていはコロッといくものなんだから……と考え、ふと我が身を思い出して──自分もその女子だったと思い出して芽以子は身震いする。

(いやいやイヤ。もちろん好意の寄せ方ってのが重要なわけで。それになんといっても性別が! いくらティアラに好き好きいわれてもわたしがコロッとすることはあり得ないから!)

 芽以子が一人で目を白黒させているのを見てティアラがいった。

「どうされたんですか?」

「いえ、別に……」

「?」

 本当に、黙っていればあどけない美少女なのだが……小首をかしげるティアラを見るにつけ、ため息が出そうになる。

 そんな芽以子の内心などまったく知るよしもないティアラは、窓の外を指さした。

「ほら、芽以子さま。見えてきましたよ。あれがウルパック城です。もちろん世界最大ですわ」

 いま走っていた通りも片側二車線あり、中央分離帯にはケヤキが等間隔で植えられている大通りだったが、黒塗り高級車はそれ以上に大きな通りに出た。

「うわぁ……」

 芽以子は思わず目を見張る。ティアラはその芽以子の反応はお見通しだったのか、隣で愛らしく上品に微笑んだ。

 ケヤキ並木の天蓋も周囲の建物もなくなり、視界が一気に開けて青空が広がる。前方には、巨大な建造物のシルエット──ウルパック城が見えた。王城というよりも小山ほどの大きさがある。

 その王城へと続く道路は、片側六車線、両方で十二車線にもなる広大なメインストリート。さらに二重三重にも堀が張り巡らされていた。周囲に建物は一切なく、大公園となっている。背後の街並みが遠くなっていった。

 どこまでも続く大公園には芝生が敷き詰められており、等間隔に樹々が何百本と植えられている。その芝生の上ではたくさんの人が思い思いの時を過ごしていた。

「今日は休日なの?」

「ええ、ちょっとした臨時休暇なんです」

 家族ずれやカップル、広大な王城前公園を走るランナーにサイクリングを楽しむ人、樹々の下でマットを広げて昼食をとっている家族もいれば、ダンスをしている若者もいる。

 十二車線もある大通りは、芽以子たちを乗せた魔導車しか走っていなかった。ほとんどこの広大な公園を演出するだけの代物のように見えるが、実用面では、有事の時に軍隊が出撃するための道路であり広場なのだとアガレットが説明した。

 王城前公園に出て数分ほどで、芽以子たちはこれまた巨大な吊り橋にたどり着く。この吊り橋の手前が正門で、白亜に彩られた正門も見上げんばかりにでかい。芽以子の両腕では抱えきれないほどの極太鉄格子が、正門を堅牢に守っていた。

「まるで、小人になった気分だわ……」

 通用門からいよいよ城内に入る。最後の堀と王城までの距離は全長一キロにも及ぶ。もはや、お堀というよりも内海だ。その中心に島があって、小山ほどもあるウルパック城がそびえている。

 巨大な吊り橋を渡り終えると、魔導車はいよいよ速度を落として、王城の正面玄関の車寄せで停車する。

 芽以子の口の端がピクピクと動いていた。

「あの……なんなのこの人たち……」

「それはもぅ、芽以子さまはVIP中のVIP。アリゼール王国でも国賓ですわよ。王族と同等の接遇で当然ですわ」

 いまなら、ティアラが自国のことを小国だ、といったのが分かる。

 ティアラの国・セントクリスファーでさえ、ちょっと引くくらいの接待を受けた。おそらくは、ニッポンの最高級三ツ星ホテル並のおもてなしだったに違いない。そんなところにポンと女子高生を投げ込めば、芽以子の友人の誰もが、腰が引けることだろう。

 だが、このアリゼール王国は規模が違う。

 吹き抜け二〇階はあろうかという超巨大エントランスホール。まるで宇宙戦艦でも出撃しそうな出入り口だ。落ちてきたら即死間違いなしの超巨大シャンデリア数個がこのホールを煌々と照らし、遙か遠くの壁面は、なんだかもぅワケの分からない煌びやかな装飾でテカテカと光り輝いている。空中に金粉でも蒔いているのではないかと思うほどの煌びやか極まりない巨大エントランスホールだった。

 床にはふかふかのレッドカーペット。その幅は二五メートル。長さでなく幅が、だ。もちろん金縁。

 そうして芽以子を何よりもドン引きさせているのは、そのレッドカーペットにずらりと整列した衛兵たち。

 ピシィッとした制服に身を包んだ彼らの総数はいかほどだろうか? レッドカーペットの縁にずらりと整列している、だけにはとどまらない。そのずらりと整列した背後にまた衛兵が並んでいて、衛兵は碁盤の目に整列していた。その中心をレッドカーペットがぶち抜いている形だ。向かって左右は、ザッと数えても二十列以上あり、レッドカーペットの奥でまで何十行あるのかはもはや定かではない。

「ほら、芽以子さま。いきますわよ」

 ティアラもアガレットも平然としているあたり、さすが場慣れしているとしかいいようがない。こういうときは身分の違いを感じてしまう。

 さも礼儀正しそうな紳士っぽい人が魔導車のドアをあけると、一斉にファンファーレが鳴り響いた。芽以子は思わず「うおっ!?」と声を出すが、ファンファーレにかき消されて誰にも届かない。

「わたしゃ競馬の馬デスカ……?」

 これでもかというほどの華やか、かつ心臓に良くない演出に、芽以子はいささかげんなりしつつ車から出た。

 芽以子が黒塗り高級車からお出ましになると、オオオオオオオオオオ──!という地鳴りにも似たどよめきがわき起こり、ファンファーレはいよいよクライマックスを迎え、絶大な、まさに、このホールをぶち壊したいのかというほどの拍手が巻き起こる。

 耳もココロも痛い芽以子は車の中に逃げ帰りたくなった。ティアラは優雅に手を振っているし、アガレットは直立不動でむすっとしているし、芽以子はどうしてよいのか分からずおろおろするしかない。

「よくぞ参られた! 勇者殿!」

 そして、レッドカーペットの中央で、猛々しくそう叫ぶ初老の男。肩こりがひどくなること請け合いの王冠をかぶっているので、たぶんこの国の王さまだ。白く長い口髭顎髭(くちひげあごひげ)が「我こそが王である!」と力説している。

「我らアリゼール王国一同! いや! 全世界の民すべてが貴殿のご到着をお待ち申しておりました!」

 そんなに叫ばなくても聞こえている、ってか近づいて話せ、と芽以子は内心ツッコミを入れる。

 そんな芽以子の心中を察したわけでは決してないが、王さまは両手をがばっと広げて見せると、「やあやあやあ我こそワ!」と合戦場で名乗りを上げんばかりの勢いで芽以子に突進してくる。

 芽以子は気圧されて三歩後じさった。

「よくぞ! よくぞ参られた!」

 近くで聞くと、あまりの声量に涙が出てくる。近寄ったのになぜフツーにしゃべらないのか?

 王さまは、両の手を芽以子の眼前にズバッ!と突き出してくる。おそらく握手を求めているのだろう。しかもこの国では泣いて喜ぶべきほどの名誉ある行為なのだろう。

 芽以子は、やや引きつった笑顔で王さまに答えると、芽以子の指二本分はあろうかという厳つい一〇本の指から構成されるその熊の手のような両手を握る。王さまは、満面の笑顔でがっつり握りしめ、超上機嫌よろしくブンブンと振り回した。

 いたいいたいいたいいたいいたいイタイいたいってば──!

「こちら、アーサー陛下です。(こんなんですが)アリゼール王国第三五代国王ですわ」

 しれっと。ティアラがにこやかにしれっと紹介する。芽以子は、ティアラの心の声をはっきりと聞いたがそれどころではなかった。

「ティアラ殿も! よくぞ召還の儀を完遂なされた! 貴殿もこの世界の救世主である!」

「いえいえ。それほどでもありませんわ」

 ちらりと見たティアラの横顔、ウエーブの金髪からチラチラ見えるその耳に芽以子は釘付けになる。

(あーーーーー! 耳栓してる!)

「大魔導士殿も! 道中の合戦はすでに聞いておる! よくぞ! よくぞ勇者殿を守り通してくれた!」

「はっ。陛下のお言葉、身に余る光栄です」

 そしてこっちもガシッと握手する。アガレットまで耳栓してる。

「今夜は盛大に晩餐の儀を執り行う! 道中長旅の疲れ、ゆるりと癒すが良かろう!」

 いうやいなやアーサー陛下は、何が面白いのか突如ガハハハハハハ──ッ!と盛大に爆笑した。それに合わせて、またあのけたたましいファンファーレが唸りを上げる。

「な……」

 あまりの爆音に芽以子は、意識をやや遠のかせる。意識だけでも避難したい気分だった。

「……なんという濃さ……」

 国賓に、こんなお出迎えなどあり得ない。間違いなく、アーサー陛下が直々に指示を出されたオリジナル接遇に違いない。もちろん、よかれと思って。

 国王というから、イメージとしては校長先生に毛が生えたようなものだと思っていた。芽以子の女子校の校長は、はげており 恰幅(かっぷく)がよく、けっこう(いか)つい面構えなのでちょうどイメージぴったりだった。

 が、しかし。たかが女子校の校長などとは比べようがない。迫力が全く違う。いや、迫力というか常識が違う。

 よく考えれば、巨大王城、巨大吊り橋、巨大堀、巨大公園に巨大な都。ありとあらゆるものが世界最大であり、それら世界最大の頂点に君臨するのがアリゼール国王アーサー三世その人である。

 その人物たるや、芽以子が知りうるどんな人でも比較にならないほどの巨人であるのは当然であった。いろんな意味で。

「ティアラ、あなたもちろん知ってたんでしょう?」

 小声にする必要もないのでティアラに文句をいってやる。

 ティアラはクスクスと笑うだけで、あとは衛兵たちに向かって手を振るばかり。

 その、いたずらに成功した子供のような笑顔に毒気を抜かれた芽以子は、ため息をつくしかなかった。