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魔法処女のご奉仕活動

chapter 1

 松島結花(ゆいか)は魔法少女──だった。

 ある日いきなり現れたネコ型美少女に、魔法のステッキを譲り受けた結花は当時十歳。

 それからというもの、結花は魔法少女として獅子奮迅(ししふんじん)の活躍を見せた。

 わずか十歳で生身のまま天界に招聘されて、東大受験なんてナゾナゾに思えるほどに膨大な魔法理論体系を詰め込み、オリンピック選手も真っ青なほど身体的トレーニングに励み、フルコンタクト格闘家も驚愕するほどの実戦経験を積んだ。

 果ては魔界に単身乗り込み、人間界の支配を目論んでいた悪魔軍との大激戦。

 人間界で最強と謳われる某国軍の百倍たる戦力を有していた悪魔軍を根絶せしめた。

 たった一人で。

 だがその結果、結花には深刻な後遺症が残されてしまう。

 その後遺症とは、日常生活に支障をきたすような怪我や、魔法の使いすぎによる精神疾患などではなかったが、ある意味、それよりもっと深刻な状況となる。

 その後遺症とは、悪魔軍撃破までに要した時間──実に十年という時間を失ったことだった。

 

 * * *

 

「激レア、キタコレーーー(゚∀゚)ーーー!!」

 昼下がりにも関わらず、カーテンも開けないままの薄暗い六畳一間に奇声が反響する。

 その奇声を上げた本人・松島結花は、ゴロ寝していたベッドから跳ね起きるやいなや、スマホを握りしめガッツポーズを決めた。

「わたしスゴイ! 無課金で最強レアリティゲットとかツキすぎじゃない!?」

 マンガや衣服、果てには下着まで散乱している部屋で独り言をいいながら、結花は嬉々としてスマホを操作していた。

「うは〜〜〜。このコ、ものすごいハイスペック! はぁ……うっとり……」

「うっとり、じゃないですよ」

「ひゃあ!?」

 背後から急に声をかけられて、結花は両方の肩をびくりと跳ね上げる。そして振り向きざまに抗議の声を上げた。

「ル、ルシファー! 勝手に入ってこないでって、いつもいってるでしょ!?」

「お取り込み中だったようですから。邪魔しちゃ悪いと思って」

「ノックくらいしてよ!」

「そんなこといわれても、我、猫ですし」

 そういいながら片手を上げてみせるルシファー。そこには見事な肉球があった。

「人型に化ければいいじゃない!」

「人間界では疲れるっていってるじゃないですか。汝のようにデタラメな魔力があるわけでもないですし」

 ベッドの上で丸まっているその黒猫──ルシファーは、あくびを噛みしめ面倒くさそうにしゃべっていた。

「にしても結花。相変わらず退廃的で自堕落で残念な生活を耽溺しているようですね?」

「耽溺してないから!? いまちょっと夏休みなだけだから!」

「夏休みって……もう十月ですが? そもそも汝は小学校中退で、いま無職じゃないですか」

「中退も無職もルシファーのせいでしょ!?」

「またそうやって何でも人のせい……というか猫のせいにして。そもそも人間として、猫のせいにするのはどうかと思いますよ?」

「あなたほんとは天使でしょ!? それにわたしを天界に誘拐した犯人はルシファーじゃない!」

「誘拐だなんてまた人聞きの悪い。でもまぁ別にどういわれようが構いませんけどね。『猫に誘拐されました』なんて戯れ言、誰一人信じるわけありませんし?人間の法律が、我ら天使に通用するわけないですし?」

「くうぅぅ……あなたはそうやって、いつもノラリクラリとヘリクツを……」

 松島結花は、十歳のときに魔法少女になった。

 その生まれついての魔力量は神々をも凌ぐとまでいわれた。つまりは、こと魔法において結花は常軌を逸した天才だった。

 魔法などとは縁もゆかりもない人間界においては、その尋常ならざる才能に誰一人気づくことはなかったが、天界魔界では話がまったく違ってくる。

 魔力を感知できる天使と悪魔は、結花が人間界に生まれ落ちた瞬間にその絶大な魔力量を感知し、そして驚愕した。結花は、何かの手違いがあって、本来生まれるべき世界を間違ったのではないかとまでいわれた。

 そうして、いわゆる『結花争奪戦争』とも呼ばれる第二次天魔大戦が勃発する。人間界をも巻き込みかねなかったその大戦は、実は結花を発端にして始まった。

 開戦当初は劣勢に立たされていた天使たちであったが、戦いの間隙を縫って黒猫天使ルシファーが結花と接触することに成功する。そうして当時、魔法少女アニメにやたら憧れていた結花をあっさり誘い出し、天界に招聘したのだった。

 そこからは、天使たちの圧倒的有利で大戦が進むものの、悪魔軍の規模が桁違いでしかもゲリラ戦に持ち込まれたために、終結までには実に十年の歳月を要した。

 そして最終的には天使軍の勝利で戦いの幕は閉じて、勝利の余韻も冷めないうちに結花は実家に戻ってきた。それがつい半年前の話。

 実に、十年ぶりの帰省だった。

「と、とにかく! わたしは十年にも及ぶ死闘を戦い抜いたんだから、ちょっとくらい長期休暇を取ったってバチは当たらないでしょう!?」

「ちょっとくらい? 結花が戻ったときは泣いて喜んだ両親も、いまや腫れ物に触るような態度ですが?」

「そ、そ、そんなことないわよ!?」

「汝は人間界で『犯罪に巻き込まれたかわいそうなコ』として扱われ、特別教育プログラムも施されているのでしょう? なのに学校に行かないなんて、単なる不登校じゃないですか」

「だ、だって!? いまさら小学校に通えるわけないじゃない!? なんで本当に小学生と一緒なのよ!?」

「効率重視なのでは?」

「嫌がらせの間違いでしょアレ!?」

「まぁ……汝、手足だけは一人前に伸びきってますからねぇ」

 ルシファーは結花の体をまじまじと見た。

 いまはボサボサのだが、()くだけで艶やかになる黒髪は背中の中程まで伸びている。Tシャツとショートパンツからのぞく手足はスラリと伸びきり、肌は吸い込まれそうになるほど白く、まるで輝いているかのようだった。

 身長は一七二センチと女性としては大柄だが、胸以外はスレンダーなので、モデルでも通用するようなスタイルだ。

 柔和な印象を受ける瞳は大きく二重で、手入れもしていないのに眉毛もすっと伸び、鼻も高い。桃色の唇はまだあどけなさを残しており、ルックスについては童顔といったよかった。そのスタイルに反して。

 ルシファーが、そんな結花をまじまじと見ていたら、結花は少し身を引き気味にしていった。

「な、何よ? イヤらしい目つきで見ないでよ?」

「何をいっているんですか、処女のくせに」

「ち、ちがっ……!? 違くはないかもしれないコトもないわけで!?」

「十年間、毎日一緒にいた我に、変な見栄を張っても仕方ないでしょう? あれだけ戦いに明け暮れていたら婚期も逃しますよ」

「婚期はこれからだよ!?」

「それともなんですか? 実は魔界のバケモノ達にえっちぃコトでもされてたんですか? 触手プレイとか?」

「されてないから!? 正真正銘の処女だから!!」

「やっぱりそうなんじゃないですか」

「くぅ……!」

 結花はガックリうなだれて、その長い手足を床に落として四つん這いになった。

「小学校の頃の友達はもう大学生で、カレシがいたり経験あったりだっていうのに……わたしったら二十歳になっても……まだ何も……!」

「ご愁傷様です」

「人ごとのように! 全部ルシファーのせいじゃない!」

「ほんと汝は、猫のせいにするのが好きですねぇ。我、大戦の開戦時にいったじゃないですか。ある程度の戦火を人間界に飛び火させた方がいいって」

「そんなこと、できるわけないでしょう!?」

 天使と悪魔の本格的な大戦は、結花が天界に招聘されてから三年後に始まった。そのときルシファーは、結花にこう進言した。

 この戦乱は人間界にも波及させないと、汝はのちのち困ったことになる──と。

 なぜならば、そうしないと結花がどれほど活躍しようとも、人間界では誰にも評価されないし、評価されないということはビタ一文入ってこない。

 だから天界魔界の争いに人間界も巻き込み、高度な政治的取引を行う──これにより、結花の人間界での身分と生活を保障させる。それがルシファーの考えだった。

 だが結花は、これに大反対する。

 ルシファーがいっていることは、つまりは人間界で戦争を起こすということに他ならない。結花の身分と生活を守る、ただそれだけのために戦争を起こすというのだ。

 その結果は自明で、多くの人が死ぬだろう。

 そんな行為は許容できない──と、当時まだ十三歳だった結花は宣言し、悪魔たちのほとんどを人間界に侵攻させることなく殲滅したのだった。

 当時の回想を終えたルシファーが、ため息交じりに口を開ける。

「──で、その結果がヒッキーですか」

「ヒッキーじゃないもん! いまちょっと休暇を満喫しているだけだもん!!」

「人間界にちょろっとでも火を付けておけば、世界中の国々からバックアップを受けて、各国の税金から無尽蔵にカネも支払われ、さらにはその戦乱を収めたとあっては、歴史に名を刻むほどの功績だというのに。それがいまやただのニート。かっこ笑い」

「やめていわないで!?」

「あげく、たんなる犯罪被害者と思われて、ワイドショーでは『空白の十年間! 少女は何を思うのか!?』とかゲスな勘ぐりをされて、ネットで画像流出のあげく変質者にストーキングされる始末。もはや哀れとしかいいようがありませんね」

「やめてよ!? わたしがんばったのに、みんなひどいよ……!」

「だから、そのがんばりを世間に知らしめないからこういうことになるんですよ」

「で、でもでも! わたしの都合で戦争をわざと起こすなんてできるわけないでしょう!?」

「……まぁ、それはそうかもですけど。しかしそもそも論として『どのみち、悪魔軍の人間界侵攻は抑えきれないだろうから、多少なりとも被害が出る』はずだったのに、汝、本当に一人でやり抜いちゃいましたらね。なんというかその……無駄に高性能ですよね?」

「無駄とか!?」

「魔法以外は本当に残念なコなのに」

「残念とか!!」

「いい加減、その残念なおつむを小学校で鍛え直したらどうですか? リアルな意味で」

「だから! 二十歳にもなってどうやって小学校に通えっていうのよぉぉぉ!」

 ついには、ベッドの上に伏せっておいおいと泣き出す結花。それを見てルシファーはため息をついた。

「とどのつまり、汝のやったことは、人知れず奉仕活動をしただけなんですよ。道端に転がっているゴミを拾うのと、悪魔というゴミを駆除するのとの違いは、程度の差だけですね」

「ううう……でもでも、それでもわたしは、たくさんの人を救ったわけで……」

「感謝されてませんけどね? 誰にも」

「しくしくしく……」

 もはや言い返す気力もないのか、結花はベッドに伏せったままさめざめと泣くばかりになった。

「さて。今日は妙にイラッときてしまい無駄話が過ぎましたが──」

「イラッときてたの!?」

「──過ぎましたが、本題です」

 ルシファーは、部屋の中央にあったローテーブルに飛び移ると、そこにおかれていたタブレットを肉球でタップしていく。

「悪魔の残党が見つかりました。コイツです」

 タブレットに表示された画像は、超望遠で撮られたかのような写真だった。

 その画像は、スーツに身を包んだ男性が映っている。斜め後ろから撮影されており、さらにはピンぼけもしているので判然としないが、ずいぶんと若そうな男だった。

 結花は涙目のままその写真を覗き込む。

「なに……? 珍しく人型なの?」

「そうですね。しかも今回は大物ですよ」

「大物って、どういうこと?」

「コイツは、魔王の息子です」

「え……?」

 結花が思わず息を呑む。

 魔王は、一騎打ちにおいて結花が返り討ちにあった唯一の相手だった。

 結花の魔力量は魔王のそれをも圧倒していたが、戦いにおいては、魔力だけが決め手となるわけではない。魔王の老獪(ろうかい)な戦略に、当時の結花は手も足も出ずに、瀕死の状態で逃げ帰ったのだった。

 もちろんその後の最終決戦で結花は魔王を打ち破ったのだが、初めて負けたときの屈辱と痛みは早々忘れられるものではなかった。

 そんな強大だった存在の息子とあっては、当然見逃すわけにはいかない。

「ど、どうして、そんなのが人間界に……!?」

「どうやら大戦前に──というより彼が幼少の頃より人間界に潜伏させていたようですね。万が一のときの保険というヤツでしょう」

「魔王の息子が、平然と人間界を闊歩しているというの!?」

「信じがたい話ですが、そうなりますね。彼はいま、アメリカのシリコンバレーを根城にしているとの情報を掴みました」

「シリコンバレー?」

「……結花、もしかして知らないのですか?」

「も、もちろん知ってるよ!? あれでしょ! なんかスマホとか作っている人達がいっぱいいる場所でしょ!?」

「………………はぁ。人間界に戻ってきてもう半年も経つのです。学業のブランクを取り戻せとまではいいませんが、世間様の一般常識くらい学んだらどうなのですか?」

「ま、学んでるよ!? ニュースとか見てるし!」

「ニュースを見る程度のことは当たり前ですが?」

「うぐっ……!?」

「……まぁいいです。とにかくシリコンバレーとは、公的名称ではありませんが、人間界において最も先進的な地域です。ICT企業が多く集まる場所の総称ですね」

「あいしー……てー……?」

「あーもーいいです。とにかくコンピュータ関連企業が多い場所なんですよ。つまり魔王の息子は、人間界において、コンピュータを使った何かしらのテロ行為を企てているのかもしれません」

「それヤバくない!?」

「そう、ヤバイんです。コンピュータなるものには我も詳しくありませんが……人間の技術において最重要であることは確実でしょう。それを魔法に応用されたら……何か非常にまずいことになりそうです」

 真剣に話すルシファーの様子──といっても猫だから表情はいまいち分からない──に、結花はゴクリと喉を鳴らした。

 ルシファーが続ける。

「つまりは、引きこもっている場合ではないのですよ」

「だから引きこもりじゃなくて長期休暇だから!? それに、こっちに流れてきちゃった悪魔の残党狩りには毎回付き合ってるじゃない!」

「汝もほんと付き合いがいいですよね? 給料も支払われないのに」

「そう思うなら生活費くらい支給してよ!?」

「天使がお金なんて持ってるわけないじゃないですか」

「開き直った!」

「どのみち残党狩りをしないことには、結花の十年間にも及ぶ犠牲が無駄になってしまうわけですし?」

「ううう……魔法少女を辞めることもできないなんて……」

「もう『少女』なんて歳でもありませんがね」

「そんなこというなら! ちゃんとした少女に引き継げばいいじゃない!」

「そうはいっても魔法のステッキ(トライデント)は、汝が死なない限り持ち主を変えられませんし」

「もはや呪いのアイテムだよねアレ!?」

「あ、そうだ。汝の呼び名を変えればいいんですよ。魔法少女ならぬ魔法処女とか」

「なお悪いわ!!」

 結花の抗議をやり過ごし、ルシファーは大きなため息をついて──妙に人間らしい仕草をするその猫はいっとき瞑目すると、気を取り直したとでもいうように目を開けて、そしてハッキリとそう告げた。

「では今日も──全くもって報われない、ご奉仕活動の時間ですよ」

(つづく)

 

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